odd_hatchの読書ノート

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ド・ラ・グランジェ「グスタフ・マーラー 失われた無限を求めて」(草思社)

 1993年10月に書いた感想文。

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 「グスタフ・マーラー 失われた無限を求めて」を読んでいます。前評判とおりに、とてもinterestedでinterestingな本ですね。未読の本の山を少しでも低くするべく新刊から遠ざかっていたのですが、ひさびさの音楽の本はとても新鮮でした。


 とりわけ交響曲第7番のところは関心をひく指摘が頻繁にでてきます。とりわけ興味深かったのは、「夜」に関するところです(本文146〜147ページ)。それによると、この交響曲「夜」は「《トリスタン》における贖罪の『夜』、恋人たちの避難場とは似ても似つか」ない、「超−明晰な夜」「光の啓示よりも根源的な」夜であり、「目覚めない眠りのイメージ、死のイメージで」「この世の存在の前とあとにある夜」なのだそうです。マーラーの作品は死の啓示とイメージに満ちているという指摘がよくありますが、この「夜」というアイデアを加えると、さらに具体的に納得できるところが多々でてきます。それは彼の音楽理解だけでなく、別の人との比較にも有効でもあるでしょう。たとえば、マーラーとよくペアで持ち出されるブルックナーとは、「夜」のイメージのある・なしでその違いがあらわにされるのではないでしょうか。


 さて、交響曲第7番は「夜の歌」という標題をもっていますが、これから僕は別の人と彼の本のことを思いだします。もちろんそれはウラディミール・ジャンケレヴィチですが、彼はその名のとおりの「夜の音楽」という著作を残しています。ここで彼はバルトークショパンフォーレ、サティといった音楽家の作品を「夜」という視点で解明しようとしています。ただ、この人は意識的にドイツの音楽を無視しているので、ド・ラ・グランジュの「夜」の分析は、ジャンケレヴィチの発想を補完するものとして重要でしょう。
 ですが、この二人の「夜」を詳しく見るとそこには違いがあることも明らかです。ジャンケレヴィチの夜は、光・ロゴス・言語・明晰・一義性としての昼に対抗する、闇・感覚・感性・カオス・多義性の領域のことをいいます。言葉に語り得ない、人間の内側にある不可視の領域のことです。それにたいして、ド・ラ・グランジュの(またはマーラーの)夜は、「人間が宇宙の万物に、自然に、一体化し、溶け合うことを夢見る」「無意識のメタファー」です。人間には知覚しえない外側の広い世界のことです。
 「夜」という言葉のイメージやその指すものの違いが生まれたわけを考えるとつぎのような感想をもちます。ジャンケレヴィチの夜と昼の二分法はフランス的な明晰な発想の始祖としてのデカルトに逆上れるものです。一方、ド・ラ・グランジュの(またはマーラーの)世界の根源に思いを馳せる発想法は、本の中の指摘にもあるニーチェノヴァーリスというドイツのロマン派文学、さらには世界の根源に「意志」を見るショーペンハウエルやカントの観念論の系譜につながるものです。


 マーラーの人生についての記述で最も興味深かったのは晩年のアルマとの確執でした。これまで僕の中でイメージされていたマーラーの晩年はアルマの書いた「グスタフ・マーラー(中公文庫)」か、簡単な伝記でしかなかったので、彼らの根深い愛憎のもつれは、誇張していえば衝撃的ですらありました。とくに、アルマの書いたものでは、マーラーの天才と彼に献身的に尽くす妻の内助というような、フィクショナルな粉飾が施されているようですので、もっぱらそれによってつくられていた僕の晩年のマーラー像はいささかの修正の必要がありました。
 この関係はマーラーとアルマの二人に限定された内輪のことではなく、グローピウスが関わったことによっていっそうドラマティックな装いを示すことになります。現代日本の風俗小説家でも書きそうにない三角関係が演じられました。それを著者は、マーラー/アルマ/グローピウスというように図式化します。この図から僕は別のドラマの主人公たちとの類似に気がつきました。ここで、二人の結婚生活が営まれた1901〜1911年を考えてみると、この時期、マーラーは四十代を過ごし、アルマは二十代でありました。二十才(正確には17才)年の離れた夫婦は希とはいえ決して珍しいものではありません(たとえば晩年のカラヤン!)。そこに注目する必要はありませんが、ここにアルマと同世代のグローピウスが加わると三人の関係に神話的な様相が感じられます。年齢と社会的な関係に着目すると、マーラー/アルマ/グローピウスの関係はあるフィクションの三角関係に似ていることがわかるでしょう。それはマーラーが非常に親しんでいたものです。
 もちろん僕は「トリスタンとイゾルデ」のことを言っています。マーラーたちの三角関係は、そのままマルケ王/イゾルデ/トリスタンに重なるのです。しかも、初老の男性(マルケ王/マーラー)と彼に嫁いだ若い娘(イゾルデ/アルマ)、彼女に近付く若い男(トリスタン/グローピウス)というようにそれぞれがおかれた立場も似ています。この三人の演じた愛憎の劇も、「トリスタン」のような派手な劇のようです。グローピウスと密会するために、アルマはいろいろと策略めいたことをしでかしますが、これとイゾルデとトリスタンの逢い引きとなんと似ていることか。
 澁澤龍彦によると、精神分析には「マルク王コンプレックス」という概念があるそうです(「コンプレックスについて(少女コレクション序説所収:中公文庫)」)。僕がこれまでに読んだ精神分析の通俗解説でこの用語とであったことはついぞないので、アイデアのまま廃れた概念なのでしょうか。学問の話はどうあれ、「マルク王コンプレックス」というのは、三角関係を進んで作り出し、自らそれに悩むという両極性(アンビヴァレンツ)の持主だそうで、自己懲罰の無意識の欲望であるそうです。そういう苦悩をわざわざ背負いこもうという心理的なメカニズムはさておき、またマーラーが意図的にそのような状況へアルマを追い込んだのかも不明ではありますが、今回読んだ著書によると、交響曲第8番以降はアルマの浮気に心苦しめられながら作曲と指揮活動を続けていたということになります。僕達がこれまで、死とか東洋的無常感とかいうことばで考えていた晩年の傑作も、彼ら夫婦の危機との関連で見なければならないと著者は主張します。これ自体大変おもしろい見方ですが、その前に少し時間を逆上らせて別のことを見ることにしたい。
 「マルク王コンプレックス」はケルト伝説によるというよりも、明らかにワーグナーの楽劇から派生したものでしょう。で、この著名なオペラとマーラーの関係を考えるとすぐにひとつの事実を思い出します。1903年2月、マーラーウィーン宮廷歌劇場音楽監督を務めていたころ、アルマとの結婚がまだ蜜月だったころ(直前に長女が生まれたばかり)、彼は「トリスタンとイゾルデ」の歴史的な上演を行いました。このとき、彼はウィーン分離派の画家アルフレート・ロラーを招き(二人のコネクションを作ったのはアルマ?)、舞台と衣装の美術を任せたのでした。今日でも、残されたスケッチ等で様子を伺うことのできるこの上演は大変な評判になりました。毀誉褒貶のかまびしいものではありましたが、ウィーンにおけるマーラーの活躍の頂点を示すような上演であったことでしょう。
 マーラーはこのオペラにとりわけ深い好意と共感を示したようですが、後から考えるといささかの皮肉を後の人生にもたらしたようです。なぜなら、舞台の上で起こっていたものと同じドラマが、マーラーを主人公に展開されることになったのですから。しかも、彼はトリスタンのような若い英雄を演じたり、自己劇化を果たすことができず、やきもきしひたすら苦しむばかりの中年男を演じなければならなかったのでした。そして、舞台のうえでは若い恋人が相次いで死んでしまいマルケ王ひとり取り残されるのですが、実生活ではマルケ王たるマーラーが先に死に、いくらもたたないうちに二人の若い男女の恋人が結婚してしまったのです。まるでドラマのパロディのようなできごとが実生活で起こったのでした。
 創作活動やキャリアからすると、マーラーは栄光への階段を上り続け、その途中で力尽きた人のようで、近代の音楽家の行き方としては充分に成功し、かつ波風の少ない人生であったといえます。実際これまでのマーラー理解はこんなところから始まっているのでしょう。が、上のようにみるとマーラーの人生はある通俗的なドラマをなぞったようなところがある。もっといってしまえば、とくにアルマとの結婚以後のマーラーの人生はドラマとの境がはっきりしないある淡いのような領域を歩んでいるような感じさえします。
 著者はマーラーの作品は実人生の反映であると述べていますが、とりわけ晩年の作品は上に見たような視点を加えれば、ドラマとの対比で考えることができます。たとえば、「大地の歌」と交響曲第9番は、アルマの浮気を苦慮しながら書いたものだそうです。いままで言われている自分の死を目前にした観念的な作品ではないそうです。であるならば、「マルク王コンプレックス」に悩んでいた彼にとって、このふたつの作品は、「マルケ王の嘆き(「トリスタン」第2幕第3場)」ではないでしょうか。この作品のある種の厳しさ、荘厳さは二人への告発・嘆き・願いではないでしょうか。最後の作品、交響曲第10番は前の2曲とは多少異なるところにいるようです。楽譜草稿に書かれた彼のさまざまな言葉(それらはこの本で確かめてください)は、もはや告発の響きはありません。ここにいるマーラーは「マルケ王」とは違い未練からは解放されているようです。そこで僕はこの交響曲は、「ハンス・ザックスの諦めの歌(「マイスタージンガー」第3幕第1場)であると考えたのでした。著者によると、マーラーの作品は実人生の反映であります。また僕がみると、彼の実人生はフィクションであるドラマを演じたもののようでもあります。それぞれの意見を折衷したら、彼の作品が別のドラマの反映であるということができるのではないでしょうか。
 マーラーは「諦め」のモチーフを奏でる途中で倒れてしまいます。「神々の黄昏」や「パルジファル」などで提示された「救済」のモチーフを生きることができませんでした。そういう点では彼の人生は、残された交響曲第10番と同様に未完であったのでしょう。

 渋澤龍彦「少女コレクション序説」(中公文庫)も紹介。