odd_hatchの読書ノート

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アルマ・マーラー「グスタフ・マーラー」(中公文庫)

 アルマは画家の娘として1879年に生まれ、1902年にマーラーと結婚。2人の娘を授かったものの一人は死別し、1911年に夫とも死別する。その後はグロピウス、ココシュカその他と華麗な恋愛を繰り返す。1964年にアメリカで死去。この本は、1939年にナチスによるマーラー作品演奏禁止、ユダヤ人迫害などに対する対抗として書かれた。出版は戦後。

 マーラーとの結婚生活はアルマのほぼ20代に相当する。その時代の記憶を60歳になってから回想しているわけだ。手元に日記があって参照しているとはいえ、記憶違いによる誤りが多いといわれていて、正確な伝記ないし評伝とみなすわけにはいかないらしい。たとえば、ブルックナー交響曲の演奏記録。とはいえ、おおくのマーラー伝や評論には、この手記に由来するエピソードがたくさん載っているのであって、マーラーの参考書としては第一級のものとなる。
(アルマ・マーラーの動く姿)
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 この手記ではマーラー40代が描かれるわけだが、アルマを経由してみるグスタフというのはどうにも付き合いにくい人物であったらしい。職場においては自分の命令通りにことが進むことを望み、対人関係においては相手より上にあり相応の尊敬を求めるとともに凡庸な(とみなす)芸術家には尊大で無礼であり、家庭においては暴君のようにわがままで駄々っ子であり、とにかく彼の気まぐれに周囲が従うことを望むという権力志向の男であるのだった。周囲の人がそれにあらがうことができないのはウィーン歌劇場の若い芸術監督であることと、人気のある交響曲作曲家であるということからなのか。結婚前のアルマは、ツェムリンスキーの優秀な生徒で作曲家志望であったり、当代の音楽界の当主である人物の妻という地位に自尊心をくすぐるような夢を見ることもあったが、前者はグスタフに挫折させられ、後者はグスタフの借金返済を管理するという面倒な仕事を押しつけられ、子供の誕生にあたり「亡き子を偲ぶ歌」を作られるなど芸術家のわがままにつきあうということで、彼女の夢は破綻したのであろう。
(アルマ・マーラー:全歌曲)
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(アルマ・マーラー:ピアノ小品)
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 1907年あたりから、アルマはグスタフと同居するストレスが大きくなって、うつ状態になったみたい。一時期体調を崩して、サナトリウムに滞在する。そこで、建築家X=グロピウスからプロポーズされる。退院後はどうやら夫とは別居状態にあったようだ。手記でも、マーラーが先に旅行に出かけ、あとからどこかで落ち合ったという記載が頻繁にでてくる。療養や通院などの事情があったのだろうが、下種な勘繰りをすると、アルマはグロピウスと会って束の間の自由を楽しんだのだろう。であるから、グスタフも悩み、フロイトの診察を受けることになったわけだ。
 ケン・ラッセルに「マーラー」という映画があり、この手記を読み直している間に思いだした。なるほど、この数奇な監督の映画の主人公はアルマだったのだな。この手記を通してマーラーを見るものであったのだ。冒頭でグスタフは、アルマが繭からでようともがいている夢を見る。グスタフの勘繰りであると同時に、アルマの現状を示したイメージなのだろう。映画の3分の1くらいで、ファンに取り囲まれるマーラーの後ろを男装したアルマがグスタフの真似をしながら追いかけ、周囲に無視されている。これは、手記にある「私はマーラーの影」のことばをそのまま(グロテスクに)演出した結果。ニューヨークから帰還し、ウィーンに戻る列車で、アルマが若い陸軍下士官と密会しているのをグスタフに見つけられるというシーンがあるが、それは上記グロピウスとの三角関係のイメージ化なのだろう。他にも手記から引用したシーンはたくさんあるだろう。
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 もうひとつの読み方は、「女性」の意識の変化という視点。19世紀には作曲をあきらめさせられた女性はよく出てくる。メンデルスゾーンの姉とかシューマンの妻とか。アルマはそのような偏見というか制度とかの犠牲になったたぶん最後の世代になるだろうが、同時に彼女の時代から女性の社会や政治参加を許容ないし推進しようとする意識の変革も起きてきた。その反映がこの手記にもあるのではないか、そういう「女性」の自立意識の芽生えを発見することができるのではないか、そういう読み方も可能だろう(と書く視線も「男性優位」視点と思われるのかな)。アルマの娘の世代にあたるアナイス・ニンリリアン・ヘルマンらと比較してみてほしいなあ、と。そのとき、アルマには娘世代たちのような自己主張の強さは感じられないが、芯の強さは共通しているのではないかしら。その根底にあるのは、たぶん彼女がブルジョアの生まれで、めずらしく高等教育を受けているという育ちあたりかな。そのような環境から彼女の自立意識とその強さが生まれたのではないかしら。同世代のヘレン・ケラーに、同じ印象を持った。

 グスタフ30代の肖像は彼の秘書役だったナターリエ・バウアーレヒナーの「グスタフ・マーラーの思い出」(音楽之友社)に詳しい。すでに手放したので細部は覚えていないが、彼女の前ではグスタフは暴君振りを発揮してはいない。そのかわりにあるのは自分の芸術(観)を言葉で表現しようという意識。この困難な課題によく健闘していると思った(ということを吉田秀和氏が新聞時評に書いていました)。ついでだけど、この手記からは著者のグスタフに対する愛情も感じられる。アルマとの結婚を告げられると、秘書を辞め、手記も終わる。そのとき、「これまで自分が書いてきた芸術家の言葉は新しい連れ合いの方が書くでしょうから、あたしはみをひきますわ(超訳)」と書いているのが、奥ゆかしくも悲しい。