odd_hatchの読書ノート

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本多勝一「日本語の作文技術」(朝日新聞社)

 文章を書くための基本技術を手に入れるためにうってつけの指南書。ここでは小説家や詩人のような美文をつくることや法律・契約書のような特殊な文章の書き手になることは目的に入れていない。文章を書くことで収入を得るこれらの職業につくには、本人の特殊な修練か、師匠についての研鑽が必要。そうではなくて、プロアマ問わず、わかりやすい文章を書くことが目的。ここでいう「わかりやすい」は、ある文章の意味がはっきりしていて、書き手の意図が誤解されないように明確で、読み直しをしないで意味がつかめること。一度すらっとよんだだけで、意味がちゃんと通じる文章をかけるようになること。意外とこれが難しく、何度も読み直しをしないと意味がつかめなかったり、書かれている内容が矛盾をきたしていたり、文章のリズムがおかしくて何度も元に戻ったるするようなことはよくある。自分の文章もそのような読みにくい文章になりやすいので、この本で指南されたことを意識して書き直すことはしょっちゅうある。
 主張の前提になるのは、日本語の文法は欧米の言語学を直輸入したもので、日本語の実際にあっていないから、考慮するほどのものではない(本書が描かれた1980年代の話)。この主張の妥当性はわきにおいておく。

 新聞記者としてたくさん文章を書き、優れた記者の文章から実践的にいくつかのルールにまとめた。
修飾する側とされる側 ・・・ 主語述語関係がどうこうではなくて、修飾する側とされる側の言葉が文章にあるから、記述の順番に注意して、誤読や複数の意味が生じないようにしよう。「句を前にし語を後にする」「長い修飾語は前に短い修飾語は後に」「大状況から小状況に、重大なものから重大でないものへ」「親和度(なじみ)の強弱による配置転換」
句読点のうちかた ・・・ 句読点は思想の表現であるから慎重に。「長い修飾語がふたつ以上あるとき、その境界にテンを打つ」「語順が逆順のとき(修飾する側とされる側のルールに反するとき)テンを打つ」。あと「思想としてのテン」。
漢字とカナの心理 ・・・ 読みやすさ、みたときのわかりやすさを考慮して、漢字とかな・カナを適宜使用。漢字の送り仮名は千差万別な意見があるが、一度決めたら同じ文章では統一する。
助詞の使い方 ・・・ 助詞によって意味が異なってしまうことがある(まで、までに、までで、など)。ここをおざなりにすると、論理的でなくなったり、誤読されたりするので、注意深くなること。
段落 ・・・ 複数(ときにひとつ)の文章のまとまりで、主張と思想がそこにまず集約されるから、いいかげんな段落わけはしないこと。
リズムと文体 ・・・ 読みやすい文章はリズムを持っている。これはルール化しにくいので、名文を読んだり、推敲したり、音読したりするなどして、自分なりに工夫すること。
 この本の主な主張はだいたいこのとおり。これを実践するだけで、文章の読みやすさはずいぶん変わる。記号(とくにたくさんあるカッコ)の使い分けや、段落をつなぐ論理の構成など、この本を読んだ後のテクニックは、木下是雄「理科系の作文技術」(中公新書)で補完するとよい。この2冊を読むと、大学生がレポートを書くときの基本技術を習得できるだろう。ただ、いずれもPCが普及する前の著作で、原稿用紙に書いたり手書きでプレゼンボードをつくったりするのが前提になっている。PCで文章を書いたり図表を作成するための基本技術の良い本はみたことがないので、各自で探してください。
(PCのよいところは、段落や文章の入れ替えが簡単になったこと。手書きの時代は、あんまり何度も推敲するとページごと書き直しになって大変な作業になった。推敲は手軽にできるようになったが、そのかわり、文章が冗長になりやすいという欠点を持っている。)
 文章を書くことは、その前のさまざまな活動や労働(調査、研究、実験、観察、インタビュー、討論など)を経たうえでの最後に行う作業だ。さまざまな活動や労働の中身がすかすかで情報量が少ないと、文章の価値は上がらない。ときには、情報の誤りを指摘されて、文章の全部を否定されることにもなりかねない。とりわけ論争や批判、糾弾などの文章では致命的な失敗になることがある。なので、文章を書く前の活動や労働(著者は新聞記者なのでまとめて「取材」という)をきちんと行うことが最重要である(その作業のテクニックや方法論は「ルポルタージュの方法」「事実とは何か」朝日文庫などで開陳)。
 この本を書くにあたっても著者は綿密な「取材」を行っている。巻末には日本語や作文技術に関する本が100冊くらい並んでいる。文献にあげられていない新聞や雑誌の記事、引用した文章のもとを含めると、参照した文献の数は膨大になるだろう。それらを比較検討し、著者の実践と比べることによって、本書は成り立っている。そのような「取材」があるから、この本の説得力がます。それはすごみとさえいえるくらいの力強さになっている。