odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

レイモンド・チャンドラー「大いなる眠り」(創元推理文庫) スターンウッド将軍54歳をもっと書けば家族の問題が浮き彫りになったのになあ...

 すでに3回読み、そのうえホークス監督ボガード主演の「3つ数えろ」1944年、ミッチャム主演の「大いなる眠り」1978年を見てきたのだが、いまだにストーリーがわからない。チャンドラーの短編を見ると冒頭がそっくりのものがあるので、たぶん複数の短編を合体したのだろう。

 フィリップ・マーロウ33歳がスターンウッド将軍54歳(油田王。この年齢で老衰で下半身不自由というのが時代を感じさせる)に呼ばれる。娘の不行状によって恐喝を受けている。ついては解決してくれというのだ。この屋敷には将軍の姉妹がいて、今回の問題を起こしたのは妹カーメン。姉ヴィヴィアンは既婚だが、夫をほったらかして遊び歩き、とばく場ですっては親に迷惑をかけている。夫は数日前から行方不明になり、運転手ともども自動車がなくなっていた。マーロウはまず妹の恐喝犯の目星を付けるために、脅迫状の差出人にあるガイガー書店に目をつける。表向きのこの本屋、裏ではワイ本の貸し出しをしていて、数百人の顧客をもっている(ホークスの映画だと、ガイガー書店を見張るシーンがすばらしい)。ひそかに書店の本を持ち出す連中がいた。ガイガーの家を張り込んでいると深夜に銃声。全裸のカーメンを撮影するスタジオにガイガーが射殺されていた。翌日、運河からヴィヴィアンの夫ラスティの自動車が発見され、中に撲殺された運転手がいた。本を持ち出した連中のアジトに踏み込むと、そこにはチンピラとそのひもがいる。カーメンのヌード写真を回収し、恐喝を思いとどまらせたところに、何者が侵入してチンピラを射殺する(上記の映画はここまでで、そのあとラストシーンに飛ぶ)。
 さて、ヴィヴィアンは賭博場に大きな貸しを持っているのだが、賭博場の経営者エディ・マースはガイガーに家を貸していた。なので、事件の状態を知りたいとマーロウに接触してくる。殺されたチンピラのひもは旧知の別のチンピラをいっしょになって、マースの情報を教えるから金をくれといいだす。これも別のギャングに殺される。ここらへんはストーリーがよくわからん。殺されたチンピラは以前ラスティと知り合っていたらしく、その行方の情報を持っているらしい。以上の事件は解説が介入して解決し、マーロウは将軍に報告してから、カーメンおよびヴィヴィアンを話をする。
 とまあ、こんな感じでいのだろう。章ごとの細部はリアリスティックで、人物は生き生きとしていて、とても面白いのに、全体として印象が薄れてしまう。妹の恐喝と姉の夫の行方不明の事件がつながりがあいまいであるとか、どっちが本筋なのかよくわからないとか、いろいろな不満。ロス・マクドナルドならスターンウッド将軍のことをもっと書くのだろうけど、ここでは冒頭からすでに精気を失って回復不能とされているから、家族の問題が浮かび上がらない。
 もう一つマーロウの性格付けも気に入らない。権力に反発するものの、女好き。シニシズムで斜に構えていて、自己嫌悪にふける。なるほど、社会やシステムの枠組みにいるわれわれ読者からすると彼の「自由」はまばゆいのだろうが、20世紀の革命運動やヒッピームーブメントなどを経験すると、マーロウの「自由」はとても子供っぽい。スペード(およびオプ)の正義の実現やアーチャーの社会批判の視点がマーロウにはないから、なんとも皮相的な小説に読めてしまう。おれはチャンドラーとはあわないのだなあ。
 さてこの創元推理文庫は戦前から映画批評をしていた双葉十三郎の訳(1959年)。チンピラや探偵の会話は当時を反映してこんな感じ。

「腹は減ってもひもじゅうない(P155)」「小人は養いがたし(P66)」「余はまさに戦々兢々たり(P177)」「おれもおけらだしな(P207)」「拙者はすこぶる利口でござる(P268)」。

そのほか「自動昇降機(エレベーター)」「乳あて(ブラジャー)」などもある。何とも古風で、死語ばかりで、1980年以後に生まれた人にはちんぷんかんぷんになるとおもう。改訳したほうがいいなと前回読んだときには思ったが、初出が1939年となると同時代の語彙でもいいのかなと意見は後退した。まあ若い人には薦めにくい。

 2012年に新訳が出版された。
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