odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

レイモンド・チャンドラー「傑作集 2」(創元推理文庫) 「簡単な殺人法」でチャンドラーはリアリズムのない探偵小説に苦言を呈する。でもチャンドラーのリアリズムは1970年代から通用しなくなる。

 チャンドラーの短編集を数年かけて3冊読んだので、まとめて感想を書いておこう。この作家とは相性がよくないので、作品ごとのサマリーは省略。長編はストーリーが緩いのだが、中短編はすっきりしたストーリーでわかりやすい。

傑作集1
脅迫者は射たない
赤い風
金魚
山には犯罪なし ・・・ 1941年の作。悪役はドイツ人スパイと彼に仕えるチビの日本人。当時の情勢が反映された一品。

傑作集2
事件屋稼業 ・・・ マーロウは、老人の依頼で行方不明の娘を探しに行く。行く先々で死体に出会う。
ネヴァダ・ガス ・・・ タイトルの死刑用毒ガスのでる自動車を使って殺しをするギャングに、博打打ちが挑む。珍しく三人称で書かれている。
指さす男 ・・・ 博打をやめられない男がマーロウを訪ねるのは「長いお別れ」の原型かな。
黄色いキング ・・・ ホテル・ディックの話。珍しく三人称で書かれている。

傑作集4
雨の殺人者 ・・・ 「大いなる眠り」の原型
カーテン ・・・ 冒頭からしばらくは「さらば愛しき女」と思ったが、すこしずつずれていく。体の不自由な退役将軍という設定は「大いなる眠り」に転用される。この人物造詣がすばらしい。
ヌーン街でひろったもの ・・・ 主人公はボクサー崩れの私立探偵。珍しく三人称で書かれている。
青銅の扉 ・・・ 珍しいSFもの。オークションで購入したイスラム風の青銅の扉。そこを通り抜けた人やものは消失する。それを利用した資産家が口やかましい細君や失踪事件を扱う警部たちを消失させる。皮肉な結末。SFとハードボイルドが混交した珍しい一編。
女で試せ ・・・ 「さらば愛しき女」の原型。


 傑作集2には、「簡単な殺人法」というエッセイが載っている。作家の「ハードボイルド宣言」と目されるもの。まず、論旨をみてみよう。
 これまでの探偵小説は「小説」としてダメ。現実逃避の作り物で、ペダントをひけらかす鼻持ちならない文体で、傀儡人形(マリオネットのことか?)めいた人物で、上流階級やインテリの生活のカリカチュアで読者と全く無関係、現実に無関心で無知、殺人は残虐なのにゲームにしている、あたりが問題点。ことに1920-30年代の「探偵小説黄金時代」の作品に顕著。アラン・ミルン「赤い館の秘密」を取り上げると、一人二役トリックの非現実性と捜査の不徹底が際立つ。では、どのような探偵小説であればよいかというと、リアリスティックであること。これをクリアしているのが、ワイルド「検視審問」ポストゲート「十二人の評決」、フィアリング「心の短剣」、ヘンダーソン「ボーリング氏、新聞を買う」など(うしろ二つは聞いたことがないぞ)。
 以下は、歴史的遠近法を用いた自分の感想(いいがかりかもしれない)。チャンドラーは黄金時代の探偵小説をリアルでないというが、ミルンらのイギリス探偵小説は19世紀末のリアリズムを使ったものだと思う。ドイルやチェスタトンの作品は上流階級やインテリの生活を描くもので、それを批判するとっかかりを持っていた。社会と世相の変化が19世紀末のリアリズムを1930年代には時代遅れにした。ではチャンドラーらのリアリズムはどうかというと、禁酒法とギャングと悪徳政治家と差別のあった1920-30年代のアメリカを描くのにかっこうのもの。でも、その文体や観察方法は1970年以降になると古めかしくなってしまう(ロス・マクドナルドの作品が失速していく時代ということで、1970年を選んだ)。
 あと、探偵小説にはロマンティシズムもあって、冒険やロマンス、知的蕩尽を楽しむものだと自分は考える。そこではリアルであることは必ずしも必要ではない。マーロウが権威にたてつき、女性を誘惑するというのは、騎士小説からの男のダンディズムの系譜に連なる。現実には存在できない「強さ」や「タフ」さを表現するのも、ロマンティシズムでしょう。なので、探偵小説をリアリズムのみで評価すると、ロマンティシズムの楽しさや人物造形を評価できなくなる。
 ただ、探偵小説に二流品が多いという指摘は同感。テーマや主張がなくても、形式に則れば量産可能なジャンルだから。スタージョンの法則はここでも成り立ちます。

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