odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-2

2016/07/19 モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-1 の続き。


 続いて後半15編。ルヴェルがこの国の小説史に刻まれ、今でも読み手がいるのは(翻訳後80年たとうというのに)、この作家に惚れた翻訳者がいるから。「新青年」を編集するとき、編集者が小説を見つけて翻訳者に依頼するのではなく、面白い小説を見つけた翻訳者が持ち込んだという。それだけ熱意があったのだ、とこの翻訳をみてもわかるなあ。

老嬢と猫 ・・・ オールドミスの老嬢は似たものの猫と同居していた。その牝猫は牡にまるで興味のなところが老嬢の子のみだった。その牝猫があるとき、恋に落ちて月夜に踊りまくる。そこから老嬢の気がふれていき・・・

小さきもの ・・・ 私生児を生んだ若い娘、家政婦の仕事を探すが断られてばかり。食べ物もなくなったので、保育院に預けることにした。その帰り道・・・ こいつは現代にも通じる話だ。似た事件が起きたことがある。戦慄。

情状酌量 ・・・ 倅が軍隊で怪事件を起こしたという新聞記事を読んで、母親は気が気でない。弁護士に「情状酌量」という言葉を聞き、彼女は法廷で証人に立つことにした。

集金掛 ・・・ 真面目な銀行員が集金を横領した。自首したので5年で釈放されたが、隠した金を受け取るためのパスワードを思い出せない。

父 ・・・ 母が死んで落ち込む夫と息子。女中が母の最後の手紙を渡してくれた。そこには、本当の父は別にいると書いている。あのお人よしの父を母は欺いていたというのか。あの好人物を。父の名前を書いたページを開く寸前に、息子はある決断をする。めずらしくハートウォーミングな物語。

十時五十分の急行 ・・・ 鉄道事故の当事者になった機関士の記録。恐怖と静謐。

ピストルの蠱惑 ・・・ 同棲する女を射殺したが無罪放免された男。部屋に戻ると、そのときのピストルがあり、まるでピストルが意思を持つかのように。ヒッチコックの「ゆすり」で「knife」の音だけが繰り返されるうちに、殺意が目覚めてくるようなモノマニアックな感じ。

二人の母親 ・・・ 産院が爆撃され、残されたのは二人の母と一人の乳児。さて、この子供はいったいだれのものか。いや、1918年にはDNA鑑定はなかったので。拡大家族もこういうときには気持ち良い。

蕩児ミロン ・・・ 才能があると目された画家ミロンは、借金を作りすぎて夜逃げした。新聞を見ると、自分の名前が大きく出ている。15年たってもう一度画筆をもったとき、画商は「ミロンみたいだ」といった。それは彼が捨ててしまった名前。画家のさまざまなコンプレックスの複合。「ジェニーの肖像」のさかさま。

自責 ・・・ 死の床にある老人が懺悔をしたという。聞くと、かつて検事だったときに死刑を求刑しその通りになった罪人が無実ではないかと疑惑が浮かんだ。再調査するとそのことがわかった。検事を辞しボランティアに奔走してきたが、このことを誰かに伝えたい。それを聞いた老人はその事件の弁護士だった。

誤診 ・・・ 一年前に結核と診断した男が再診にきた。今度は医師は健康と診断する。その男の告白したことは。

見開いた眼 ・・・ 死因は自然死と思われるが、恐怖の表情を浮かべている。そこで女中を検死に立ち会わせたが、女中は「旦那様が睨んでいる」と恐れる。ついには悲鳴を上げて・・・ポオの「スフィンクス」の再話。

無駄骨 ・・・ 孤児で貧困にあえいでいた男。父の行方を探し当てると、高利貸で財をもっているが、雇いの婆に残すといううわさ。空腹のあまりナイフで殺害を決行。判事の読み上げた遺言状に書かれていた内容。

空家 ・・・ 深夜に空家に忍び込んだ男。札束その他を首尾よく盗むことができたが、妙に胸騒ぎがする。振り返ると、老人が男をしっかとにらんでいた。

ラ・ベル・フィユ号の奇妙な航海 ・・・ 港町でくすぶる悪漢が船乗りから悪巧みの誘いをうける。10人を集めて乗船し、首尾よく船を乗っ取ることができた。めずらしく2章に分かれる構成。


 せいぜい原稿用紙20枚という長さ(というか短さ)。そのために構成は単純。登場人物はせいぜい二人(会話のある人物ということで)。一人が昔話をして、彼のオブセッションを語ると、もう一人がひっくり返すという次第。ときには、一人のモノローグで、それが尽きた時にいきなり作者が真相を明かすという具合。このひっくり返しがとても短く、ときには一つの文章で起こるものだから、その印象がきわめて強いものになるのだね。その強烈さがポオと比較されるのだろう。あいにく、ルヴェルにはポオの詩的なイマジネーションとか世界大のヴィジョンとかはない。そのぶん小粒。その代わりに、人間の見方の辛辣さが際立つ。