odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-3「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルソン」ほか

 佐伯彰一はこの巻の解説で、パロディスト、ほら話作者としてのポオに焦点をあてる。

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メッツェンガーシュタイン 1832(1836.10) ・・・ タイトルの貴族と、ベルリフィッツィング家とは長年の確執があり、不吉な予言が両家に残されていた。メッツェンガーシュタイン家の夫人が亡くなり15歳フレデリックが当主となる。残虐で酷薄な若者はベルリフィッツィングの館の家事から逃れてきた荒れ狂う赤い駿馬を手に入れる。誰も手を触れたことのない赤い馬を乗りこなせるのフレデリックのみ。ある夜、フレデリックが馬といっしょにでかけたのち、メッツェンガーシュタインの館が炎に包まれた。おお、「オトラントの城」の直系たる堂々としたゴシック・ロマンス。重厚でイメージ喚起力のある文体を楽しみ、不吉な予言通りに事が進むのを恐ろしく見守る。

リジイア 1839(1838.09) ・・・ リジイアの博識、論理、学識には尊敬を抱くほどであり、そのまなざしこそ彼女の存在を至高のものとするのである。そのリジイアも亡くなり、次の妻ロティーナをめとるのであるが、彼女を愛することができない。リジイアの存在はそれほどに大事。ロティーナも病に倒れる。死体を眺めるうちに、すすり泣きが聞こえ、ロティーナはみなだを流し、体を動かす。ポオが女性を描くとき、その崇敬な存在は必ず夭逝し、意図がこの世に残り、語り手の男性を呪縛する。あと、何かのフェティシズムがあって、ここではリジイアの眼。なお作中に、緞帳で囲まれた部屋で中空から水滴が突然現れ滴るという現象が起こる。ああ、「黒死館殺人事件」でも同じシーンがあったが、それはポオ由来であったのか。

鐘楼の悪魔 1839.05 ・・・ 世界で最も美しい町はオランダのナンジカシラ。鐘楼の鐘の伝える正確な時間とキャベツが自慢であった。そこに、ある三角帽をかぶった外国人がバイオリンを弾きながら(いずれも悪魔の持ち物)、鐘楼に登り、正午の鐘を鳴らした。なんと13回。失われた一時間を求めて町の人はパニックになった。時計は資本主義が労働者を管理する手段であったことを思い出すと(なので初期労働者は時間管理を嫌いサボタージュストライキで対抗した)、悪魔の方が人間的におもえなくもない。
(原文をリンク先サイトでみると、都市名の「ナンジカシラ」は、原文では作者のいうオランダ語のVondervotteimittissが使われている。そのまま訳すと意味が通らないので、「何時かしら」をカナ表記したらしい。)

xroads.virginia.edu


使いきった男 1839.08 ・・・ 代将ジョン・A・B・C・スミスは偉丈夫で威厳をもつ注目すべき人物。彼を知る人にインタビューをするとあるところ(「あの方(マン)は・・」といいかけたところ)で、話が中断し、みな言いよどむ。将軍の家を早朝訪問したときにみたのは、奇妙な袋のようなものだった。ユーモア編。当時が科学技術の時代であったこと、義手義足などの装具が商売になっていたことを確認。またアメリカは大開拓時代でネイティブアメリカンへの弾圧のあったことも確認。小説のアイデアはのちにカー「曲った蝶番」海野十三「俘囚」京極夏彦魍魎の匣」などに転用された。

アッシャー家の崩壊 1839.09 ・・・ 旧友ロデリック・アッシャーに招かれた「わたし」は深い森と陰鬱な沼のほとりにあるアッシャー家を訪ねる。ロデリックは神経を病み衰え、妹マデラインは強硬病の長患いで精神が蝕まれていた(この女性のイメージは「モレラ」「リジイア」などの先行作を継承)。数日してマデラインは死去。ロデリックとともに地下蔵に葬ったが、7-8日して屋敷全体がぼんやりと光る雲に覆われているのをみる。嵐が襲った晩、ロデリックは戦慄と恐怖で硬直している。マデラインを生きたまま葬ってしまったのではないか(この恐怖はポオの作に繰り返される)。雷鳴がとどろき、扉が開いたとき、マデラインがいた! 恐怖と陶酔のない混ざった稀代の傑作。
(さて、この短編を「信頼できない語り手」が記述したものとして、読み直しをしたのが平石貴樹「だれもがポオを愛していた」所収のエッセイ。なぜ「わたし」は主治医も見放した状況になってから招かれたのか、なぜ「わたし」は十数年ぶりの訪問なのに、館をみて耐え難い憂いや奇妙な幻想をみたのか。なぜ「わたし」をみた従医は卑屈な笑みを浮かべてそのご姿を現さなくなったのか、なぜ「わたし」は単独で館を捜索し、火薬を貯蔵していたらしい地下蔵をみつけたのか、なぜ嵐の夜に騎士物語(それは家の中の物音に符合する)を読んだのか、なぜ「わたし」は嵐の夜に屋敷を逃げ出したのか、なぜその直後に異様な光が走って館は傲然たるとどろきとともに沼に沈んだのか。これらの疑問に答え、「わたし」が書かなかった別の物語を推理する。あと、ロデリック・アッシャーは弦楽器やギターの名手。そこで、この物語で没落しなかったアッシャー家の末裔がそれを聴くと人が自殺するアッシャー協奏曲を書いたと妄想したのが、マキャモン「アッシャー家の弔鐘」
 ドビュッシーがオペラを書いた。未完だが補筆版の断片を聴ける。

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フィリップ・グラスもオペラ化した。(動画は部分)

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1928年の映画(短編映画)

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別の1928年の映画(Jean Epstein監督の仏作品。これは名作)

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1944年の映画
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1950年の映画(Gwen Watford監督)

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1956年のテレビドラマ

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1970年代のテレビドラマ

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1980年の映画(surrealist film by Jan Svankmajer, based on the story by Edgar Allen Poeで、俳優が登場しない)

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1982年

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1989年のTV映画

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2008年の映画

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制昨年不明(アニメ、クリストファー・リー朗読)
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ほかにもこの小説にインスパイアされた作品はありそうだ。)


ウィリアム・ウィルソン 1839.10 ・・・ 全寮制の男子校に入学したときに目を引いたのは、「僕」と同姓同名の男。体つき、しぐさもじぶんそっくりで、生年月日もいっしょ。この男はつねに「僕」に張り合い、揶揄を向け、「僕」の成功を横からかっさらう。イートン校に入学した「僕」は放蕩のはてにいかさまカード師になりはてたが、大勝負の間際にインチキを暴露される。そのあとも、詐欺師の行く先々で邪魔をする。ある公爵夫人にちかづこうとしたとき、ついにこの男に決闘をせまる。ドッペルゲンガーものの古典。自我とか個性とかが根拠なしのあいまいなことであることを近代のはじまりですでに認識しているのがみごと。

実業家 1840.02 ・・・ 権威と権力の嫌いなピーター・プロフィット(利益)氏のひとり「奇商クラブ@チェスタトン」。たぶん職業名は地口や冗談が入っていると思う。この時期には郵便事業があったのが発見。(参考:  トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」(サンリオSF文庫)

 

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 そういえば、1967年に「世にも怪奇な物語(原題: Histoires extraordinaires)」という映画があった。ロジェ・ヴァディム「黒馬の哭く館」は「メッッェンガーシュタイン」、ルイ・マル「影を殺した男」は「ウィリアム・ウィルソン」、フェデリコ・フェリーニ「悪魔の首飾り」は「悪魔に首を賭けるな 」をそれぞれ原作とする。世評の高かったのは第2話。自分が見たのは最近なので、50年前の映画はテンポが合わなくて少し閉口。最終話のカーチェイスのカットが記憶に残っている。筋は覚えていない。

 

<追記2022/8/29>

 映画「世にも怪奇な物語」の評価が都筑道夫と同じだった。「サタデー・ナイト・ムービー(新潮文庫)」から。

「この手のなかの豪華一流品が、E・A・ボオの短篇集「世にも怪奇な物語」だけれど、一流監督とスターを揃えたわりには、冴えなかった。ただし、最後のフェリーニが監督した「悪魔の首飾り」は例外で、これはすばらしい。(P53)