全集3巻の前半の短編。
メエルシュトレエムに呑まれて 1841.05 ・・・ ノルウェーの海岸村ヘルゲッゼンできく、一夜にして白髪になった老人の語り。ヘルゲッゼンの近くにおこるモスケエ・シュトレエムの渦に漁船が巻き込まれた。出ることのできない渦。老人は観察して、助かる方法を見出す。「瓶の中の手記」「ゴードン・ピムの物語」でが世界の果てにある瀑布に飲み込まれると、助かることができないが、ここでは老人が探偵のように、科学者のように渦を観察することで、解決を見出す。海は恐怖の対象ではあるが、克服できない魔ではなくなる。(「壜の中の手記」から数年の間でこの違い)。
妖精の島 1841.06 ・・・ 6月、森と湖の中に美しい島をみつける。山、海、森、谷を「生命あり感覚ある一つの茫洋する統一体のそれぞれの器官」とみなす「わたし」は妖精の姿を見出す。それは煌々とした喜びは影を潜め、心痛と不安の色が濃くなっている。妖精すら老いて、影に飲み込まれるという世界の没落をみる(これはたぶん18世紀のゲーテ(たとえば「ファウスト」)と異なる視点)。
悪魔に首を賭けるな 1841.09 ・・・ お調子者で不遜なトービー・ダミット(damn it 悪罵の略)の口癖は「悪魔に首をかけても」。今日も回転木戸の上を両足をそろえて飛んでみせると言い張る。そこに老人がやってきて「エヘン」と咳払い。「やるだけやってみましょう」という。トービーは木戸を飛ぼうとした。ポオを酷評する批評家へのあてつけなのかしら。ちなみに、トービーはホメオパシーの医者(もうアメリカにあったんだ!)の治療をうける。まあうまくいくはずはないな。
週に三度の日曜日 1841.11.27 ・・・ 両親の遺産を預かった大叔父はがっちり握って「僕」にわたさない。そのうえ結婚したいという話を「週に三度の日曜日が来たら許す」と無理難題。その三週間後、大叔父に「僕」にいいなずけ、そして世界一周航海を終えた船長二人がやってきた。科学とユーモアの結合。
楕円形の肖像 1842.04 ・・・ 深手を負って城に運ばれた男、部屋に飾られた数々の絵画に興味をもつ。とくに、隅に隠されるように配置された楕円形の肖像に。美しい女性の姿に魅了され、その来歴を書いた本を読む。ワイルド「ドリアン・グレイの肖像」はこれにインスパイアされた(嘘)。ポオの男は女性の存在そのものではなく、それが持つ何ごとかへのフェティッシュをもつ(「ペレニス」「リジイア」など)。
赤死病の仮面 1842.05 ・・・ 中世と思しき世に赤死病が蔓延する。プロスペロ公は健康な1000人を城砦に集め、固く扉を閉ざして、パンデミックをやり過ごそうとした。5-6か月目、公は大規模な仮装舞踏会を催す。グロテスクできらびやかで辛辣で夢幻的な仮装をしろと命じる。城の時計は巨大な時報の音を鳴らし、そのときばかりは人々をうろたえさせ、身震いを催し、動揺させる。深夜12時の時報は長く、人々を沈鬱にさせる。そのとき、だれの目にも止まらなかったひとりの仮装人物、死装束、赤死病の権化、が人々をふるいあがらせる。だれも手を出せない中、公のみがつかまえようとし、追跡する。誰も入ろうとしない7つめの部屋に追い詰める。赤死病は顔面に真紅の汚点がで、毛穴から血がにじみ出て、世の追放者になるという。ペストとハンセン病の意匠をまとった架空の感染症(この描写は21世紀には耐えがたい)。仮装舞踏会は死の恐怖を紛らわす刹那の快楽の手段。一瞬を永遠にしようとする足掻き。それでも時計の時報はいやおうなく歴史の進行を知らせ、遠からぬ死を想起させる。死そのものよりも死の象徴や暗喩が周辺にあることのほうが恐ろしいようだ。また、だれも知らないが目につく死装束(血で汚されている)の人物は、語らず、顔を持たない。しかしそれが死であることを否応なく体現している。「群衆の人」にでてくる無名の老人のよう。なので、選抜されたエリートや貴族の階層に踏み込んでくる一般庶民、群衆の暗喩とも読んだ。ともあれ、構成が完璧、文体が華麗、シンボルにあふれた怪奇小説の傑作。
アンドレ・カプレ「赤き死の仮面」(ハープと弦楽四重奏のための)
1964年の映画
庭園 1842.10 ・・・ 莫大な資産を受け継いだ青年が、人工でも自然でもない庭園を造る計画を夢想する。そのマニフェスト。たぶん実現した庭園が「アルンハイムの地所」と「ランダーの別荘」。突然金持ちになって夢想を実伝するという妄想は乱歩「パノラマ島奇譚」に受け継がれただろうが、明治維新で貧乏になったこの国では遺産を残すような余裕を持つ人はなく、造園資金は犯罪で不正に入手するしかなかった。
ポオの小説では、主人公(たいてい語り手と同じ)は憂鬱症や厭人癖、空想癖、孤独愛好などをもっている。他人にコミュニケーションを取ろうとしないし、ひとりでいることを苦にしない。でも彼に事件が起こるのは、彼に介入しようとする他人がいて、偶然に、ときに傍若無人に主人公(語り手)のところにやってきたり事件をもってきたりするから。主人公はそれに抵抗することなく受け入れてしまう。そういう受動的なところがある。迷惑がかかったり、嫌疑をかけられたりするときには、自分が動くことはあるが、あくまで自分の利害に関係する範囲でだけ。事件の終わりは自分の迷惑が消えたり、自分の案心が確認できたりするところまで。誰かと何かをしようということあげや立ち上げ(結婚を含む)は起こらない。まあ、徹頭徹尾、共同体には入らないし、いても居心地の悪さを感じ続けているわけだ。
数少ない例外が「アッシャー家の崩壊」。ここでは語り手は、ロデリックの依頼を受けて人里離れた館を訪れる。そしてロデリックとマデラインの兄妹にかかわろうとする。とても珍しい。
(といいながら、全集4になると、「黄金虫」「お前が犯人だ」「長方形の箱」のように能動的な主人公が現れるようになるので、以上がポオの全作品に通底するわけではない。)
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