odd_hatchの読書ノート

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都筑道夫「キリオン・スレイの敗北と逆襲」(角川文庫)

 あれ(前作「キリオン・スレイの再訪と直感」1978年)から何年たったのか、キリオン・スレイはアメリカに戻っている(1983年初出)。オキソーローの青山富雄(トニイ)も翻訳家として独り立ち。今日は、ニューヨークツアーのガイドとして観光客5人を連れていた。達者な日本語でTシャツを売りつけようとしたヒッピー(当時すでに死語)をみると、なんとキリオン。思わぬ再会であったが、ツアー客にキリオンの探偵能力を知っているものがいた。こんな手紙が来て怖いという。「ひとりのせいです。人間です。犬でも、猫でもありません。おそろしい人間です(略)おそろしいのは鵺(ぬえ)の鳴く夜だけではありません。虎が鳴いても、大変なのです。中の天神は鼻っかけだし、魂はさいかちの木にぶらさがるのですから。私にいえるのはこれだけです」。その手紙の送り主、津金真理が殺されていた。ほぼ同じ時期に、彼女の友人である八弓量平がロスアンジェルスで自殺していた。
 帰国後も、相談した美少女・岡倉亜絵香(あえか:このころからキラキラネームがあったのだねえ)は、キリオンに探偵とボディーガードを依頼した。再び日本にやってきたキリオンはトニイの家のイソーローになって、昔取った杵柄と、探偵稼業に乗り出す。しかし、そのあとも、津金や亜絵香の知り合いに次々と災難が訪れる。どうやら上の手紙の犬、猫、鵺、虎、鼻っかけ、魂、さいかちにみたてた「マザー・グース・マーダー」であるらしい。そのうえ、死体の脇にはトランプのジョーカーのカードもおかれ、それは亜絵香の叔父の持ち物であるようだ。ついに災厄は亜絵香の一家にも襲い掛かり、叔父・母・父も殺される。恐怖におびえる亜絵香はキリオンやほかの仲間に住居に住まうように頼むが、深夜なにものかが侵入。付き添いの友人(女性)も殺される。この家に住むものがいなくなったかに見えたとき、長年に使えてきた執事が実は亜絵香の父の兄であることが分かり、さらに亜絵香もひとまわり上の男性と婚約を発表したのち、浴室で自殺と思われる死体になって発見された。

 これまでずっと短編で活躍してきた探偵がはじめて連続殺人事件の長編に挑む。なるほど、解決編を迎えたとき、錯綜したできごとがそのような関連になるのかと感嘆した。とはいうものの、どうにも印象が薄い。
 この事件はリュウ・アーチャー(@ロス・マクドナルド)の手がけるような家族の歴史と心理の物語。リュウ・アーチャーのような探偵が独力で捜査するのにふさわしいものだ。でも、家族の歴史と心理にフォーカスするには多すぎる探偵が邪魔になった。キリオンといっしょに事件をおいかけ推理を披露したり、キリオンにつっこみやちゃちゃをいれる人物がたくさんでてくる。青山家の人々、捜査担当の警察、なじみのスナックの常連客、ツアー同行者で推理小説好きなど、小説のほとんどは彼らの会話と行動。とても面白い(とくにキリオンの間違っておぼえたことわざや熟語にみんなでつっこむところ)のだが、かわりに事件の関係者の印象が薄くなり、キャラつけが不足になってしまった。そこがうまくいかなかったところ。(歴史的遠近法を使えば、この問題は作家も意識したのか、キリオンは退場し、事件に関係する家族の物語は西蓮寺剛もので、探偵周辺の談論風発はコーコものやホテル・ディックでと書き分けることになった。その判断は成功だったと、後付けで思う)
 もうひとつは、ロス・マクドナルドの小説世界ではリアリティある家族の確執が、この国に移植されるとファンタジックになること。犯行行為者の動機がどうにも理解しがたくて。個人の憎悪はそんなに拡大せず、もっと狭いところに集中するのがこの国の在り方なのじゃないか(もっというと同じ屋根の下に同居するものに集中して、遠隔地に住む人には向かわない)。
 ついでに、キリオンは亜絵香の依頼に応えられなくて、探偵に失敗したと後悔するところも。それまでは事件が終わった後に、利害関係のない第三者として事件に首を突っ込んでいたから解決できた。でもここでは事件の関係者と利害関係をもち、進行中の事件で五里霧中になったためという。これはエラリー・クイーンのライツヴィルもの以降のテーマであり、問題意識を共有している。その点の議論は深めたいところだが、小説が事件の関係者にフォーカスしていないので、キリオンの苦悩に感情移入できない。そのうえ、このぐうたらな人物から責任のことばがでることにも違和感。
 こんな具合で、読んでいる途中は作家小説の技術と雑多な知識(ニューヨークの風景や流行など)に関心するのだが、「さてみなさん」以降に感じるもやもやで評点をさげてしまった。


「おそろしいのは鵺(ぬえ)の鳴く夜だけではありません」。1981年に横溝正史の「悪霊島」が映画化され、「鵺(ぬえ)の鳴く夜は恐ろしい」がキャッチコピーだった。TVCMでずいぶん流行った。