odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

都筑道夫「キリオン・スレイの再訪と直感」(角川文庫)

 1978年のキリオン・スレイ第3作。タイトルを「〜〜が死につながる」と統一するのは、スタイリッシュな作者の趣味の発露だろう。「全戸冷暖房バス死体つき」、「妄想名探偵」、泡姫シルビアシリーズが同じ趣向でタイトルをまとめている。

如雨露と綿菓子が死につながる ・・・ 如雨露を買った翌日に自殺した男がいた。綿菓子を買ってきた翌日に自殺した男がいた。この事件の情報がキリオンに入る。似たような事件がないかとなじみの警察官に聞くと、絵本を買った翌日に自殺した男がいた。自殺ではない、殺人であるとキリオンは主張するが、関係者のつながりが見えてこない。そこにもう一人、たばこを吸わないのにライターを買った翌日に自殺した男の事件が知らされて、ようやくミッシング・リンクの謎が解ける。集中できないまま読んだので、リンクのつながる経緯がよくわからない。謎ときの結果は論理的であるのだが、そこに至るまでがなんとももやもや。

三角帽子が死につながる ・・・ 泥酔して帰宅した朝、妻が殺されているのを発見した。その男は殺害時刻にキリオンと酒場「三角帽子」で飲んでいたのだった。アリバイを証言したのに、その男(洋画家)は個展直前に仕上がっていない絵を残して自殺した。自殺の前に、キリオンを訪れ、深夜お前が犯人だと脅されていると愚痴をこぼす。キリオンは羽織袴から手足をのぞかせながら通夜に行き、犯人に対峙する。起きたことは単純きわまりないのに、視点を変えただけで不可能犯罪になってしまう。

下足札が死につながる ・・・ 銭湯に入浴中の男が突然うめいた。騒然とする中、胸から血を流した男が絶命する。ヒモをやっている30代。近くにいたのは4人。しかし凶器がみつからない。銭湯の中でなぜ、どうやって殺し、凶器を隠したのか。これはうまい。「ミステリィ指南」にあったが、動機がまずあり、キャラクターが生まれ、最後に方法が決まるというセンセーの方法がよくわかる。でも小説は逆に書かれるから、自然なことが不可能犯罪にみえてしまう。

女達磨が死につながる ・・・ 野天風呂に女性の死体があった。背中に女達磨の彫り物をいれている。キリオンたちがさわぎ、警察が現場検証にくると、死体の彫り物は消えていた。女達磨を彫る彫師は一人しかいないが、1年前に亡くなっている。野天風呂の周囲は雪の少ないスキー場。周辺の林にも死体は見つからない。短編で書くには、関係者の過去が入り組み過ぎていたかな。もう少し枚数が欲しかった。

署名本が死につながる ・・・ 古書店で古本がすり替えられていた。それも著者サイン入りの高値のつくもの。キリオンが興味をもって、深夜に古書店に戻ると、売りに来た女性が絞殺されていた。サイン本もなくなっている。著者サインに何が書いてあったかを確認するために、キリオンたちは作家(同じ町内に住まいがある)を訪ねる。彼は殺された女性を知っていた。今度は枚数が少なくて、スナック→古書店→作家の家を移動し話を聞く2時間程度で事件を解決する。

電話とスカーフが死につながる ・・・ 雑誌の女性編集者がいうには、知り合いの校正家から「君に殺される」という占いが出たと教えられた。殺す理由なんかないのに。キリオンは電話するように伝えると、電話口から「何をするんだ」という声とどさりと重いものが倒れた音。急いで押しかけると、死体が見つかった。隣室の作家は、これあなたのでしょうと編集者のスカーフを渡す。いったい、ひとりが二カ所にいることができるの? 前作(「署名本・・・」)に登場した推理作家も興味を持って、捜査に乗り出す。


 キリオンも滞在期間が10年にもなるというと、相当に日本語が上手になっていて、もしかしたら生粋の日本人よりも珍しい語彙を知っているのかもしれない。そのうえ、江戸の習俗や文化にも造詣が深くなっている。そうすると、テキストでは彼が<異人>であることが意識されなくなり、たんにでしゃばりで奇矯な言動をする男にしかみえなくなってくる。もともとは日本に明るくないので、いかにもドメスティックな事件に在日日本人なら見逃してしまうことにおかしいを発見する異質な目の持ち主で、そこから合理的な思考をする探偵だったのが、ごくありふれた名探偵のひとりになっている。そこは、センセーの本意とするとことではないので、シリーズは長編を残して終了することになった(というようなことをセンセーがどこかで書いていた)。
 キリオンとトニイの関係は、のちのコーコと民雄の関係と同じ(探偵と翻訳家。合理的な思考と飛躍する類推思考:おっちょこちょいともいう)。職業探偵ではない市井の人物を探偵にする際に、この組み合わせはセンセーのお気に入りだったと思うのだが、続けるにはキリオンのキャラクターに無理があったのだろうな。