odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「十七人目の死神」(角川文庫)

 主に1960年代に書いて単行本に収録されていなかった怪談小説を自分でまとめて(古いものに手を入れて再発表したものが多いので1970年代の発表日付がついているが)、一作ごとにあとがきを追加したもの。1972年にでた。お気に入りの短編は、1975年の 都筑道夫「はだか川心中」(剄文社文庫)にも収録されている(重複したもののあとがきに説明がある)。

手を貸してくれたのはだれ? 1968.10 ・・・ 大学生など5人の若者が別荘に到着。奇妙な絵の前で、酔った彼らは、この家の持ち主がカニバリズムの趣味があり、黒ミサの真似事を始める。闇の深くなる中、彼らを呼ぶ声が聞こえる。古風な幽霊屋敷もの。でも、発想はエッシャーの「階段だらけの家」にあるという。

不快指数 1961頃 ・・・ 不快指数という言葉が新語だったころ。蒸暑い日に友人が会社を訪れる。青ざめた顔でつけられている、ここに来たことをだれにもいうなという。同じことを他の友人にもやっているらしい。妻が心配しているそうだから、あったら連絡をくれという約束をしたら、当の本人が家にやってきた。

はだか川心中 ・・・  都筑道夫「はだか川心中」(剄文社文庫)を参照。著者お気に入りの一編。

流刑囚 1963.03 ・・・ 思い通りのことができる男が辺境の惑星に流刑になった。さっそく拘束を消すと、いたずらをはじめる。でも退屈はおさまらず、エスカレートしていく。世界史を一人に集約したような「悪人」の倦怠。それを紛らわせるたったひとつの冴えたやり方。

忘れられた夜 1970.12 ・・・ なにかの理由で廃墟になった街。大人は死に、子供は生まれず、若者が殺しあっている。ひとりの若者が危機に巻き込まれる。アフター・ハルマゲドンものであるけど、廃墟や人々の絶望は戦争や空襲の記憶に基づいている。

妖夢談 1971.03 ・・・ 人生相談に寄せられた夢(淫夢だな)の手紙、それに対する回答者のひとりごと。数回繰り替えされる。手紙、それを読むメタ視点、さらに一つ上のメタ視点、さらに上に登って行って、どこが「現実」かわからなくなる。

蠅 1960.08 ・・・ 田舎のデパートに蠅男がやってくる。蠅男、ヒューマン・フライはでっぱりの多い古いビルを素手で登る芸人。のっぺりしたビルの登場で廃業していったが、その最後の生き残りが挑戦する。そのビルにはかつてライバルだった別の芸人が掃除夫として働いていた。タイポグラフィーを使ったり、句点をなくしたり、やたらとうったりして、芸人の焦燥感を描く。「ロイドの要人無用」をあらかじめみておくこと。

父子像 1970.08 ・・・ 2歳の娘がその日に「私」のやったことを真似する。それは「私」の情事のことだ。なので、「私」は子供をうっとうしく感じ、子供に教え込む妻を殺せばよいと考え、実行する。「主人公に感情移入したがる読者の多い日本」とか、「一人称小説の主人公が死んでは最後の部分が書けるはずがない、といわれるが、芝居で言えば大詰めの幕が開いた瞬間から、行動と思考がシンクロナイズして、矛盾した表現がなければ、最後に『私』が死んでしまっても、不合理ではない、と私は考えている」とか、そういう狭量な読み方をしてきたのでとても耳が痛い。

ハルピュイア 1972.05 ・・・ 都筑道夫「はだか川心中」(剄文社文庫)を参照。

風見鶏 ・・・  都筑道夫「はだか川心中」(剄文社文庫)を参照。都筑道夫「夢幻地獄四十八景」(講談社文庫)には最初のショートショートが載っている。あとがきによると、落語「化物遣い」にインスパイアされたものとの由。

幽霊になりたい 1972.01 ・・・ 自分の幽霊が現れ消えた。そのあと幽霊のエージェントが来て、幽霊になる資格がどうのこうの。本来ならば幽霊になるはずのボディが生きてしまったために、中途半端な幽霊になってしまったらしい。恋愛経験の乏しいエージェントを口説きながら、自分の幽霊を探すことにする。エロティックでユーモラスな幽霊物語。


 80年代になって、著者は「ふしぎ小説」を書く。この短編のように、怪談やSFなどのフォーマットを守りながら描いたのと違って、現実と幻想の境があいまいであわいところで、結末もはっきりしないけど、読後に奇妙な不思議な感じを残すことをめざしたもの。自分は理窟が通っていないのは苦手なので、のちの「ふしぎ小説」より、こちらの形式のしっかりした「怪談」の方が好ましい。楽しみました。
 本文よりも、作家によるあとがきのほうがおもしろかった。こういうところで、昔話をするだけではなく、著者の勉強ぶりが書かれていたり、小説作りの作法が紹介されたり、短編の意図が明確になっていたり、と参考になる。上のレビューに入れといたが、ほかに気になったのは、
・日本のモダンホラー岡本綺堂(キング紹介より前に書かれた)。実作も、「世界怪談名作集」というアンソロジーも(青空文庫にある)。
・雑誌に書いた短編は単行本収録の際に手を入れる。ときにタイトルも変えることがある。
・SFはアメリカ人のようなおおまかな精神の持ち主でないと書けないのではないか。局部的な設定だけがあって、全体的なイメージがないのに書いているのが気になる(のちに考えが変わって、SFやファンタジーを書いている)。
 気ままに読んでいたら最後のページに、「ストーリー・テラーは自分の本の内容について、それ以上言うことは、何も持っていない。こんどは買ったひとが、いいたいことをいう番だ(フランク・R・ストックトン@女か虎か)」といっている。あれ、作家が口をつぐんだ後にしゃべりだすというのは、なんか作家の試験を受けているみたいだな。なにしろ、作者のつけたあとがきで、読者が言いたいことや知りたいことが網羅されているから。そこに何を付け加えられるだろう。面はゆいうえ、稀代のタレントの試験に合格することはなかなか大変だ。この作家は、とんちんかんなことをいっても静かに笑って、許してくれるだろう。

十七人目の死神 (角川文庫 緑)

十七人目の死神 (角川文庫 緑)