odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

法月綸太郎「しらみつぶしの時計」(祥伝社)

 2008年にでたシリーズキャラクターの出てこない短編集。クライムストーリーに、ファンタジーに、パロディ・パスティーシュにと、趣向の異なる短編が収録。

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使用中 1998.06 ・・・ スタンリー・エリン「決断の時」を使った密室殺人の構想を懸命に説明しているが、編集者はトリックに固執して着想を全く理解しない。いらだったものの腹具合が悪くなり、トイレに駆け込んだ。そこには作家に逆恨みを抱いた女が密室殺人を準備していた。完全犯罪がうまくいかなくなって、3にんがトイレにこもることになる。「決断の時」と同じく生死を決める「賭け」を選択しなければならない。それがおこるのが現代の公衆トイレといういじわる。


ダブル・プレイ 1998.10 ・・・ すでに冷え切っている夫婦がいる。夫がバッティングセンターで憂さを晴らしているとき、見知らぬ男が声をかけた。交換殺人をしませんか。夫は男の提案にのり、しかし主導権を握ろうと画策する。交換殺人テーマをひねくりまわす。

素人芸 1999.09 ・・・ 疲れて帰宅すると妻が高価な腹話術の人形を買っていた。かっとなって、妻を殺してしまう。天井裏に死体を押し込んだところで、警官がやってきた。言いくるめたと思ったら、どこからかうめき声が聞こえる。

盗まれた手紙 2003.05 ・・・ 時代と場所があいまいだが、20世紀初頭(WW1前)のアメリカ。ある将軍の若い妻が恋文を送ったが政敵に奪われてしまった。将軍を失脚しようという陰謀だろう。手紙は鉄の箱に複数の錠前がついたもの。鍵は別に送られるので、政敵がすべてを手に入れることはできない。この謎にレンロットが挑む。ブエノスアイレスのドン・イシドロの名が出てくるからボルヘス=カサーレスの共作のパロディか。文体もそれらしく古めかしくしている。(あとがきを読むと、当たり。発表年の前あたりに翻訳が出たと記憶。)

イン・メモリアム 2007.02 ・・・ 限られた作家だけが入会できる「評議会」。入会の条件は存命中の作家の追悼文を書くこと。新進作家が入会を試みた。

猫の巡礼 2007.06 ・・・ 10歳の猫は富士山麓の聖なる洞窟に巡礼に行く。それを手配する夫婦の飼い主の困惑。

四色問題 2004.11 ・・・ 特撮戦隊ものの撮影で女性隊員が盗撮されていた。犯人は男性隊員の中にいると思われる。罠をはっていたが、逆襲され、腹を刺された。瀕死の女性隊員はそのナイフで、左腕に傷をつける。なんのため。タイトルは男性隊員が赤・黄・黒・緑で、地図の塗分けに使う色であることから。鍵は女性隊員が看護師であるところ(でもその理屈は一般読者にはわからんよ)。戦隊ものの役名がアニメ「機動警察パトレイバー」の隊員たちのもじりであるのが笑える(ちょっとまえの2001年に映画「WXIII」がロードショー)。都筑道夫「退職刑事」のパロディ。元よりも切れが悪いのはねらったのか、もともとなのか。

幽霊をやとった女 2006.冬 ・・・ 俺の名はクォート・ガロン。ニューヨーク、バウアリに巣食うルンペンだ‥という自己紹介は都筑道夫「酔いどれ探偵」に詳しい。なけなしのコートに火をつけたやつがいて、苛ついているクォートに、亭主の様子がおかしいので調べてほしいといってきた。新しいコートをもらえたので、亭主を尾行すると、クォートに気づいた亭主はいきなりピストル自殺してしまった。こういうハードボイルドになると、パスティーシュでもそつがない。

しらみつぶしの時計 2008.03 ・・・ 体内時計を狂わされ、外部とのつながりのない部屋で、1440個(一日の分の数)の時計がある。そこから唯一の現在の時刻を示す時計を5時間以内に選び出せ。論理的(ロジック)に解ける。都筑道夫「やぶにらみの時計」を模したか、きみの二人称で書かれ、章の切れ目は時計の文字盤(ここではデジタル時計)で示される。アイリッシュ「暁の死線」をいただいちゃったアイデアだが、焦燥感を表すのによい仕掛け。あとがきを読むと、当たり。)

トゥ・オブ・アス 1998.06 ・・・ 高校卒業後7年ぶりにであった男女。ぎこちない恋愛が進んでいるが、女が同居している別の女に殺された。女は、男の前に現れて、殺された女であると主張する。ややこしい「トゥ・オブ・アス(私たち二人)」の関係。タイトルは「ふたたび赤い悪夢」の中で映画化された小説から。


 思いついたのは二点。この作者は勉強家でもあってか、小説に関する小説を作っていること。本書中にもでてくるボルヘスもそういう書き手であったので、欠点でも長所でもない。古典ミステリーの愛読家には楽しい。
 もうひとつは、都筑道夫は偉大だったなあということ。こういう一編ごとに趣向の異なる短編集は都筑にいくつもあった。なるほど昭和に書かれた短編集は文体が古く、書かれる風俗も古びてしまったが、小説の仕掛けはもっと多様だったし、なにしろ多作だった。この短編集と同じくらい満足させる短編集はいくつもあるなあ。都筑の作品をトリビュートする作品が多かったので思い出してしまった。