odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「はだか川心中」(剄文社文庫) 1976年に作者自身によって編まれた「自選傑作集」。奇妙で不可思議な状況も描き方でミステリにも怪談にも転げられる。

 1976年に作者自身によって編まれた「自選傑作集」。1986年にケイブンシャ文庫になった。

退職刑事「写真うつりのよい女」「四十分間の女」 ・・・ 別に書いたので省略。

十七人目の死神「はだか川心中」 ・・・ 山間のひなびた温泉宿で一年前に心中があった。今、アベック(死語)がやってくると、温泉宿はみな宿泊を断る。一年前に心中した二人がもどってきた、同じ顔じゃないか、また迷惑をかけるのか。不得要領なまま宿を後にする二人、しかし女は決心して・・・。シチュエーションの奇妙さがいつのまにか女心の奇妙さに転化していって、なんとも不安な気持ちを残す。

「ハルピュイア」 ・・・ 父が別荘の崖から落ちて死んでしまった。妻は父の友人と再婚しているが、高校生の息子は新しい父に反目し、知り合いの画家に死んだ父の肖像画をかかせたりして嫌がらせをしている。別荘を訪れた時、義理の父が真実を話し、その結果高校生は思いがけない行動をとる。ここらへんの設定は福永武彦の小説みたい、章ごとに主観が変わって、同じ事態を複数の視点で書くあたりも。最後の一章は母と画家の会話。怖いねえ、こういう思わせぶりは。家族の反目をそれぞれの視点で書いたのが、笠井潔「梟の巨なる黄昏」(講談社文庫)

「風見鶏」 ・・・ 作者お気に入りの一編。あとがきに三回書きなおしたと書いているし、「ミステリー指南」でも書きなおしの効果をこれを題材に説明していた。冴えないサラリーマンに女の声で「助けて、あたしを出して」と電話がかかってきた。手がかりは風見鶏とスペイン風の葉風屋根に赤い星の飾り。最初はうんざりしていたのが生きがいに。ようやく居場所を探し当てたのだが・・・英雄になりそこなるのが自分の風体を鏡でみたとき、というのが恐ろしいな。

怪談ショートショート「人形の家」 ・・・ 古い玩具を売っている店に入ると、主人が人形の家を薦めてきた。窓から中を覗いているうちに、「わたし」は人形の家にはいっていく。

「かくれんぼ」 ・・・ 遊園地にいったアベック。女がかくれんぼをしようというと男はためらう。というのも、男は子供の時にかくれんぼの鬼になって、どうしても見つけられない一人の女の子がいたから。

「古い映画館」 ・・・ 幽霊のでるという芝居小屋を映画館に改造して今はつかっていないのを、友人に誘われて見に行くことになった。映写されたフィルムには、こどもの遊んでいる姿が映されていて、それが突然画面の外に出て行って。

なめくじ長屋捕物さわぎ「天狗起し」「小梅富士」 ・・・ 別に書くので省略。作者解説によると、友人が不可能状況をいろいろ考え、それを合理的に説明するというクイズをやっていて、それを小説にした例があるそうな。ここに収録したのはそういう一編。

春色なぞ暦 江戸後期の戯作者・為永春水を探偵役にした3編。あまり知られていないこの戯作者の伝記とあわせて連作にする計画だったらしい。結局、ベストセラー作家時代を書けずに、この3編だけが残った。一冊にまとめるには分量が少なく、たぶんこの自選傑作集だけに収録されたと思う。為永春水は、講談をやったり、本屋をやったり、いろいろ職業を変えたのが面白い。そのせいか、町人、とくに富裕層との付き合いが書かれる。これは砂絵のセンセーや顎十郎では描けないので、珍重するものかな(まあ、もどきシリーズが似ているといえばそうだな)

羅生門河岸」 ・・・ 吉原は柵で囲まれ、深夜になると扉が閉ざされ、人は出入りできなくなる。町全体が密室状態になり、なかにはさまざまな人が暮らしているので、犯人捜索が難しい。この事件では、吉原の中でも価格の安い一帯でのできごと。喧嘩騒ぎを起こして、逃げ込んだ先の長屋。そこには誰もいないし、二日後に吉原の外で発見された。どうやって、密室から抜け出したのか。ちょんの間で生計を立てる女が生き生きと描かれる。

「藤八五文奇妙!」 ・・・ タイトルは当時流行りの薬売りの掛け声。深川に戸板が流され、顔をつぶされた男の死体が釘で撃たれている。まるで鶴屋南北四谷怪談」そのまま。死体は二人組の藤八五文売りの片割れと判明。彼らに言い寄っていた姉妹二人が怪しいらしい。人の関係のややこしさ、移ろいやすい感情の趣が事件を複雑にしている。作中「四谷怪談」はさまざまなタイプの毒婦を書いたものだという春水の主張は作者のものかしら。

「花川戸心中」 ・・・ 大店の跡継ぎが芸者と心中した。事件はそれだけだったが、奇妙なのは二人の流した血の上に芥子人形が並べれたこと。事件の数日後に、二人の幽霊が現れたこと。なぜ幽霊が現れたのだろう。


 自選ということだが、ミステリと怪談の二種類。どちらも奇妙で不可思議は状況を描くものであって、途中までは同じ筋立て。異なるのは合理的な考えの持ち主で怪異や心霊現象に懐疑する近代的な理性の持ち主がいるかどうか、というところか。とても離れた分野にみえるけど、系譜をたどると結構同じ水脈から現れているのがわかる。そこでのセンセーのお手並み拝見、というところですが、存分に楽しませていただきました。
 まあ、センセーの仕事を鳥瞰しようとすると、サスペンス、冒険活劇、時代劇、伝奇小説、ユーモア、ハードボイルド、SF、児童向け、などと、とんでもなく幅広い。一冊に収めるなど無理な話で、網羅しようとすると光文社文庫の10冊の分厚い文庫になるというわけか。ああ、しまった。あそこには重要な仕事としての評論と書評が入っていない。