odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

大阪圭吉「銀座幽霊」(創元推理文庫)「三狂人」「灯台鬼」「動かぬ鯨群」 20代前半の青年作家が家ではないところで起こる探偵小説をつくる。

 大阪圭吉は1912年生まれで、20歳のときに「デパートの絞刑吏」でデビュー。愛知県新城市で役場勤めを続けながら1940年ごろまでは探偵小説を発表したが、対米戦開始後はユーモア小説からやがては時局に乗じた通俗スパイ小説に転向。1945年にルソン島で戦死した。享年33歳。没後50年が過ぎ、作品はパブリックドメインになった。青空文庫には19編がアップされている。
作家別作品リスト:大阪 圭吉
 今回は、青空文庫で読んだ。前回読んだ創元推理文庫は手放したが、この本がもっとも入手しやすいので、文庫本の収録にあわせてサマリーをまとめた。いくつかは創元推理文庫になく、逆に青空文庫にないものもあった。
 大阪圭吉の作品リストがネットにあった。労多謝。
大阪圭吉ファン頁(作品リスト・発表順)


三狂人 1936.7 ・・・ 左前の瘋癲病院では神経質になった院長が患者を罵倒していた。ある日、院長が殺され、患者が脱走した。頭を包帯でまいた「怪我人」と歌姫は無傷でかえってきたのだが、もうひとりのトントンは鉄道自殺した模様。一件落着とおもいきや、トントンの死体を見聞していた博士は血相を変える。作者の代表作。みごとな仕掛けでした。

銀座幽霊 1936.10 ・・・ 酒屋で飲んだくれていると向かいのタバコ屋の2階で喧嘩の物音がする。有名な熟女と下女が男をめぐって喧嘩しているのだと思ったが、今晩はちょっと違う。熟女のおかみさんがカミソリをふるっているのがみえて明かりが消えた。そこには下女の死体。女将さんの死体は押入にあったが、なんと目撃されて出来事の1時間も前に殺されていた。銀座に幽霊がでた? 隣のカメラ好きのバーテンが謎を解く。このころにはアマチュアカメラマンがいて現像までやっていたのだね。

寒の夜晴れ 1936.12 ・・・ 北の国で教師をしている三四郎は単身赴任で遠く離れている。子煩悩な三四郎の家には、妻と息子、書生が住んでいるが、主の留守中、妻と書生が殺され、子供が行方不明になっていた。片杖のスキーの跡を追いかけると、途中の丘で後が途切れている。こんな冬の夜に現れるのは、サンタ・クロース? なんと残酷な贈物を残していったものか。物理教師の田部井氏が謎を解く。スキーの跡が途中で消えるという魅力的な謎にこの国で初めて挑戦したものかな。

灯台鬼  ・・・ 東屋三郎探偵譚。規定の点滅時間を守らないために座礁事故を起こした灯台がある。東屋氏らが調査に行くと、嵐の中、幽霊が出て、技手の一人が殺され、死体の上には数十kgの岩塊が落ちている。近くには得体のしれないぬめぬめした液体。東屋氏の精力的な調査が、複雑なプロットを解明する。チェスタトン「ペンドラゴン一族の滅亡@知恵」と比較されたい。

動かぬ鯨群 1936.10 ・・・ 東屋三郎探偵譚。戦前の当時ですら捕鯨は厳しい捕獲制限があり、仔鯨撃ちは禁じられていた。そのようなとき、根室捕鯨船北海丸が1年前に沈没。その砲手が生き延びて、妻の前に姿を現したが、すぐさま捕鯨用の銛で殺された。犯人は「釧路丸の船長」と残したが、その船は遠く鬱陵島にあった。では、幽霊船が跋扈している? 東屋氏は大掛かりな仕掛けで、犯人をあぶりだす。冒頭が場末のバーでせせこましいかなと思ったら、どんどんスケールが大きくなっていく。謎解きもみごと。

花束の虫 1934.4 ・・・ 大月弁護士探偵譚。海に面した断崖から劇団主宰の男が転落死。その模様を遠くで夫人と農夫がそれぞれ見ていた。地面にはめちゃくちゃな足跡。犯人は黒いトランクをもち水色の服を着た人物。ところが別荘にはそんなものはないし、それらしい人物は周囲にはいない。当時の風俗(ダンスホールとかジャズなどの流行)を知らないと、わけがわからない。

闖入者 1936.1 ・・・ 大月弁護士探偵譚。新進の写実派画家が富士山のみえる旅館で静養しているところ、後頭部を殴られて死んでいるのが発見された。手元には富士山を描いた絵が残されているが、その部屋では富士山を見ることができない。嫌疑は、別の画家と不倫している若い妻(不二)にかかったが、証拠がない。そこで、弁護士は部屋の調査を開始する。ほとんど会話のない捜査調書を読むような味気なさ。とはいえ、これは志賀直哉「城の崎にて」の探偵小説版? 田舎温泉の湯治といい、画家の不思議な心境といい。そうすると俄然興味が・・・湧かないなあ、こりゃあ。

白妖 1936.8 ・・・ 大月弁護士探偵譚。出入り口以外にはわき道のない有料道路に轢逃げ自動車が逃げ込んだ。ところが自動車はでていない。という魅力的な謎は有料道路会社社長の別荘が途中にあるというのであっけなく解決。轢逃げ自動車には青年の刺殺体。凶器のナイフには17歳の誕生日の祝いにと書いてある。お嬢さんは17歳なのだが。盛り込みすぎで収拾つかなくなりました。

「大百貨注文者」 ・・・ 青空文庫になし
「人間燈台」 ・・・ 青空文庫になし

幽霊妻 ・・・ 謹厳な校長の妻が亡くなった後、校長はどうにも妻によそよそしい。家族にせっつかれて墓参をしても、血相を変えてすぐさま帰ってしまう。そして幽霊をみたといって、首の骨を折られているのが発見された。怪談と思われたものが、道理的な説明に切り替わっていく。死者の思いがこの世に残る佳品。


 以下の2編は創元推理文庫に収録されていないが、青空文庫にあるもの。後者は「とむらい機関車」「三狂人」「寒の夜晴れ」といっしょに「日本探偵小説全集〈12〉名作集2」(創元推理文庫)に収録されている。
香水紳士 1940.5 ・・・ 女学生のクルミさんは、初めての一人旅。そこに乗り合わせたのは得体のしれない紳士。眠り込んだすきに新聞をのぞくと、東京の強盗事件の犯人だった。逮捕させるためにおもいついたたったひとつの冴えたやり方。本当の犯人でよかったね。

三の字旅行会 1939.1 ・・・ 東京駅に3時に到着する列車の三番車の3席にはいつも若い女性が乗っている。それを迎えにくる中年男。どうやら三の字旅行会なる篤志団体の招待という。改札の若い男もこの奇妙なできごとに興味を持って、赤帽の伝さんに話を持ちかけた。ほんのわずかな奇妙さに興味をひいて、その意図を説くという「日常の謎」の先駆作。


 もっと年上の作家だと思い込んでいたので、読めるのは20代前半の作品であることに驚愕。そこで自分の評価を修正しないといけなくなった。この年齢で実作をしていたというのは、1980年代からの学生(あがり)作家の先駆だったのだろうな。
 1930年代のこの国の探偵小説家は、ルヴェル流の奇妙な味や風俗描写や冒険活劇を主に書いていた。なにしろ乱歩御大からして、謎解きの本格探偵小説はほとんど物していなかった。その時代にこれだけの謎解きにこだわったのは熱意があるね。
 成功例は「三狂人」「坑鬼」「死の快走船」「動かぬ鯨群」。ささいなきっかけから謎を見出し合理的に解決するのは「三の字旅行会」「とむらい機関車」「あやつり裁判」。ここらへんが気に入りました。役所勤めで時間の取れない中、書いた作品はそれほど多くはないのに、佳品が多いのはこの人が優れた才能の持ち主であることをうかがわせる。
 面白いのは、館や家族の問題に触れた作品がほとんどないこと。むしろ工場や港、鉄道など産業化された近代の場所を舞台にとっている。炭鉱、瘋癲病院、裁判所など日常ではない場所もでてきて、そういう新しい場所や産業を題材にしている。役所勤めであるということだが、よくこれだけの労働の現場を知っているものだなとそちらに感嘆した。あいにく、1930年代のこの国で花形だった産業は戦後にもれなく没落し、当時の労働環境や労働現場の記憶がなくなってしまった。炭鉱内の危険な家族労働の様子は、当時のプロレタリア文学にあったかなあ(漱石「坑夫」があった)。灯台無人化が進むし、デパートが商業のロールモデルや庶民の憧れでもなくなったし。21世紀の読者としては、産業考古学の参考資料として、この短編を読むことができるくらいに珍しい風俗や習慣が書かれている。自分がおもしろく読めたのは、こういう無くなった産業を舞台にしているものばかりなので、ノスタルジーアナクロの気分に触れたからだろうな。
(権田萬治「日本探偵作家論」のようにその当時から離れていない者には、これらの「産業考古学」趣味はなく、謎解きとストーリーテリングで評価しているから、佳品とみなす作品は自分のと全然違う)。

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