odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

名作集 2「日本探偵小説全集 12」(創元推理文庫)「船富家の惨劇」 「日本探偵小説史(中島河太郎)」は書肆情報が充実。

 名作集2は昭和の探偵小説。職業探偵作家も複数人でて、「新青年」他の探偵小説雑誌が毎月刊行されていて、アメリカの長編・短編の探偵小説がおおよそリアルタイムで紹介されている。ジャンルが成立し、作家も読者も育ったころ。乱歩からすると、次世代の作家たちの代表作が収録されている。

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葛山二郎
赤いペンキを買った女 1929.04 ・・・ 自動車内で起きた強盗殺人事件の裁判の記録。

大阪圭吉 とむらい機関車/三狂人/寒の夜晴れ/三の字旅行会
大阪圭吉「銀座幽霊」(創元推理文庫)大阪圭吉「とむらい機関車」(創元推理文庫) を参照。

蒼井雄
船富家の惨劇 1936.02 ・・・ 和歌山県白浜の旅館に宿泊した夫婦。翌朝、妻が殺され、音が失踪した。後日、夫は自殺と思われる死体で見つかった。容疑者は夫婦の娘のいいなずけの青年。彼は以前に振られていた。新しいフィアンセの青年が捜査を依頼された南部探偵の助手になって補助する。次第に明らかになるのは、失踪した夫が犯人であるかと思われること。そこに、南部の師匠である赤松探偵が現れ、もう一つの解釈を述べる。なにしろ読書の興を削ぐのは探偵の三人称一視点で事件が語られ、調書のごとき官僚文のどこき味気ない文章を読まされること。アクションがまったくなく、意外な発見もなく、人情も心理も描かれない。梗概だけの小説を読むことは苦痛。そのうえ、アリバイトリックの複雑さに執着したおかげで、心理のリアリティが欠ける。「赤毛のレドメイン家」が引用され、事件はその形式を模したものといえるが、トリックといい動機といい犯罪者心理といい、乱歩の通俗長編(「吸血鬼」1930「人間豹」1934あたり)を焼き直したもの。稚気がなくて、志賀直哉のような生真面目さで書かれると、こうも貧しくなるのか。自然描写に凝っているが、フィルポッツのように事件を象徴するような雰囲気を持つものではなく、志賀直哉のような人間を疎外する抽象的な風景で、事件に何の関係もない。
霧しぶく山 1937.6-7 ・・・ 案内人をつけて山に登ると、腐乱した首つりの死体を発見する。殺人事件を起こした記録が残っている。霧の山で同行人が失踪。案内人は誰かに突き落とされて転落死。非難した洞窟の奥からは女の声。記録に書かれた連中がまだ山中にいるのかもしれない。巨大な密室のごとき山中で起こる幽霊譚と、死霊に襲われるかもしれない恐怖。雰囲気はいいのに、どうにも読書の興が起こらないのはひとえにつたない文体と冗長な描写。

 

日本探偵小説史(中島河太郎) ・・・ 明治初年から昭和35年(1960年)までの探偵小説史。本書は1989年に出ているから、ほぼ30年前までを対象にしている。これは九鬼紫郎「探偵小説百科」1973年とほぼ同じ期間を対象にしている。黎明期の重要な書き手は、黒岩涙香谷崎潤一郎江戸川乱歩。これらの成果の後に、「新青年」以降に探偵小説文壇が成立。戦争中の停滞と戦後の復興、海外物の翻訳。とまあこんな感じのストーリーか。ここまでは登場人物が少ないので歴史記述はしやすいが、社会派・ハードボイルド・ジュブナイル・コージーミステリなどサブジャンルが登場して分化し、出版点数が膨大になる1960年以降をどのように記述するのかは、大変。この小説史の続編があるとしたら、どう書かれるだろう。勉強不足なので、よくわからない。ま、俺は平成以降は興味がないので、どうでもいい。
 この小説史はいわゆる文学史とまったくからまない。谷崎、芥川、直木などの名前は出てくるがあくまで彼らが探偵小説や犯罪小説を書いたから登場するのであって、日本の近代文学とは一線を画したジャンルとして書かれる。さて、それはよいのか。この「日本探偵小説全集」を読み返して、1920年代以降の探偵小説が自然主義私小説の文体や方法に濃厚に影響されていて、海外のミステリーとは異なる方法と視線を持っていることに気づいた。あるいは明確に反自然主義をとる作家の系譜もある。探偵小説家もこの国で仕事をしていると、ほかの文学の影響は免れることができないと思うのだが(それこそ純文学がミステリーやSFの方法や構造を取り入れるように)、そこは無視されている。ここも不満なところ。(たぶんそういう問題意識の研究はやまほどあるだろうが、調べる気持ちにはならない)
 膨大な資料の持ち主が書いたものだけあって、書肆情報が充実。本書が書かれた当時は、この全集に収録されていない戦前探偵小説を読むのは非常に困難だった。なので、古本屋巡りの資料になる。でも平成になって、複数の文庫が戦前探偵小説を復刊するようになり、片端から拾っていけばかなりの作品を読むことができる。押川春浪快楽亭ブラックのような幻扱いだった明治の作家の作品まで読めるからね。これは慶賀。とはいえすぐに絶版品切れで入手難になるので、気を付けないといけない。ま、俺はもう追いかけるだけの気力はわかないけど。


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大下宇陀児/角田喜久雄「日本探偵小説全集 3」(創元推理文庫)→ https://amzn.to/3wTtsB5
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