odd_hatchの読書ノート

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フィリップ・K・ディック「ティモシー・アーチャーの転生」(サンリオSF文庫)-1

 PKDには極めて珍しい女性の一人称視点。長編でも短編でも、このような書き方をしたのはなかったのではないか。


 カリフォルニアの聖公会のティモシー・アーチャー主教。神の遍在を証明しようと、文献を読み漁っていた。今回彼が注目したのは紀元前2世紀ころのサドク派(通常はサドカイ派と表記されるようだ)の文書。福音書ではイエスに敵対するグループになっているが、彼らの文書にはイエスによく似た言行の人物がいたらしい。しかもその文書にあるアノクとはキノコの一種で、サドク派はキノコを服用して幻視体験(作中の言葉で言うとラリっていた)をしていたという。ティム・アーチャー主教はさらにさまざまな哲学、神学、文学の知識をぶち込んで、独自の解釈にふけっていた。そのために聖公会では異端視されつつあった。
 この奇妙な人物(自分の観念にふけって、家庭を顧みず、社会的には不適合である)につきあっていたのが三人。ティムの息子ジェフ。シラー「ワレンシュタイン」に入れ込んで、歴史研究をしていたが、どうやら父のような聖職者になりたがっていたらしい。でも、父の存在の前では実現することができず、精神病院に通院。ティムがイギリス行きを決めた頃、自殺してしまった。
 息子の自殺のあとに、ジェフの妻が紹介した中年女性カースタンをティムは秘書にした。多忙で、社会生活を送れないティムには彼女のような有能な秘書が必要だった。とはいえ、カースタンにも問題があり、息子は精神分裂病で精神病院の入退院を繰り返している。自身は睡眠薬の中毒症状がでていて、人格が攻撃的になってしまった。ティムとカースタンに肉体関係があることは周知(ティムの妻はすでに死去、以後独身)であったが、この二人が老年の霊媒に会い、ジェフの霊言を聴く。そこで、ジェフはカースタン、ティムの順に死亡することを予言。神の遍在を研究する過程で、イエスの実在証明は不可能であると悟ったティムは死後の聖を証明しようとしていたが、ここで挫折する。カースタンに体調不良が見つかり、入院したが、本格的な診療の直前にカースタンは睡眠薬を過剰摂取して自殺した。
 ティムは異端と目され聖公会の主教を辞任。自主機関財団シンクタンクの嘱託になり、イギリス滞在中に書いた死後の生を認める本を出版することになる。それはティムの現在の考えではないが、出版は差し止められない。ティムは啓示をうけて、イスラエルのサドク派のいた洞窟に行こうとする。砂漠の旅装を準備することなく、洞窟近辺でティムは行方不明に。
 このような家族の解体をひややかに見つめるのは、ジェフの妻エンジェル(語り手の「わたし」)。自称「プロの学生」。大学卒業後、その町に居残り、教授や学生相手の商売をしている。付き合いが狭くて、行動範囲も町の中だけ。知的であること以外に他人に優位になれず(そのような場はもっていない)、他人に対して辛辣で軽蔑的。「ヴァリス」にケヴィンというスノッブで軽蔑的な人物がいたが、彼と同じような眼と頭を持っていると思いなせえ。強い懐疑主義と合理主義をもっているから、夫や義父のやっている神秘主義や神学にはほとんど興味を覚えない(神や宇宙の問題は素朴実在論ですましてしまう。まあ現代のヤッピーみたいな人)。なので、ティムの熱中ぶりも、彼女の眼を通すと、家族や仕事を犠牲にしたひとりよがりにみえる。ティムの熱中する神学は、VALISやアルベマス星の異星人などがでてこないVALIS神学によく似ている(神の遍在、実在を証明しようとするところがとくに)。エンジェル(わたし)の記述は、VALIS批判とも読めて、PKDも自分の考えを相対化しようとする視点ともっていたことに驚く(とはいえ「ラスト・テスタメント」を読むと、同時期にカルト宗教に入れあげているようだし、なんとも不思議)。
 エンジェル(わたし)はVALISの神学を相対化したからと言って、もう一つの問題、他人を救済することに解答があったかというとそうではない。彼女はティムにも、夫ジェフにも、友人カースタンに対しても、辛辣で冷笑的で、ときに軽蔑的。なにしろ彼女の知的関心からすると、彼らはバカげたことをしているから。なので、三人に自殺の兆候が表れても、何もできない。つねに遅れている。それでいて、ジョン・レノンの殺害を知った日には、さめざめと悲嘆にくれる。他人との関係やコリの置き方をうまく取れない現代人は、やはり他人を救済するパルジファルにはなれないのか。
 ジェフ、カースタン、ティムという3人の大事な人を失った後、エンジェルはセラピストの講演を聞き、ビルとの付き合いを復活させる。一見彼女は傷をいやしたかのようにみえる。でも彼女は変容していない。二人称の死(前記三人)には不感であっても、三人称の(ジョン・レノン)にはショックを受けるという在り方はかわらず(現代の都市に住む人はたいていそうかもしれない)、ビルを目的ではなく手段としているように見える。「プロの学生」のまま、社会にシニカルに軽蔑的に対応するのだろうという予感のまま終わる。読者にもカタルシスや癒しはもたらされない。(でもそれを描いたことがすごい)


    

2018/06/18 フィリップ・K・ディック「ティモシー・アーチャーの転生」(サンリオSF文庫)-2 1982年