odd_hatchの読書ノート

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雑誌「銀星倶楽部」1989年5月「特集 フィリップ・K・ディック」(ペヨトル工房)

 雑誌が出た時には、短編全集(生前には短編集は出ていなかったはず。邦訳は訳者などが編集したもの)、書簡のかなり、ポール・ウィリアムズやグレッグ・コールマンなどのインタビュー集、伝記2種類などが出版されていた。なので、創作以外の一次資料が大量にそろって、それを参照することができた。この評論に収められているのは、そのような最新のもの。80年代はじめの評論からずっとレベルアップした。

フィリップ・K・ディックブームの転生(巽孝之/川又千秋) ・・・ 外在操作者は初期はあいまいだったが後期はVALISという実態になった、伝記的背景がSFしていた(PKDとジェームズ・ティプトリーJr)、PKDの現実崩壊感覚はニューウェーブ作家が再発見した、ペットやガジェットがかわいらしい、など。
釈義(PKD) ・・・ 釈義はタイプ用紙8000枚(90%が手書き)で、200万字もあるが、全体像の把握は困難。それでも数百枚を読んだ人がいて、概要を作り、さらに部分的に翻訳した。のちに「我が生涯の弁明」になったものとは編者が異なる。
黒い髪の娘(PKD) ・・・ 複数の手紙などの抜粋再編集(ポール・ウィリアムズによる)。なにが人間で何がそうでないのかが生涯の主題で、アンドロイドにないのは思いやりで、「黒い髪の娘(「あなたを合成します」のプリスなど)」はアンドロイドの対極の存在。(後期の長編ではダメ男を救うのは黒い髪の娘だったなあ。)
どうしてよんでいるのがディックだとわかるのか(ジェームズ・ティプトリーJr) ・・・ 1986年。みなぎる異質さ、ぎこちない会話、人があがく感じ、哀れみと愛。
SF作家のSF作家(トマス・M・ディッシュ) ・・・ 1986年。SF作家の賛辞にもかかわらず売れなかった作家。
フィル・ディックは健在なり(ルディ・ラッカー) ・・・ 1984年。P・K・ディック賞受賞のあいさつ。
ディックの歪んだ鏡(ジョン・ブラナー) ・・・ 1986年。PKDは変なヤツだったが、素晴らしい作家だった。
フィリップ・K・ディックの死(ティム・パワーズ) ・・・ 1984年。PKDが心臓発作で倒れているのを発見したときの様子。そのあと、死亡。人に会いたくないのに、頼まれればすぐに支援するPKDの様子。
テッサ&クリストファー・ディックインタビュー ・・・ 4番目の妻テッサと息子クリストファーのインタビュー(1986年)。
悪魔のいない幻影(大瀧啓裕) ・・・ 1978年に書かれた「宇宙創生論・宇宙論」の要約。「ヴァリシステムA(アルベマス)」と「ヴァリス」の間に書かれたもの。
オペラになった「ヴァリス」(秋山英時) ・・・ 別エントリー「フィリップ・K・ディック「ヴァリス」(サンリオSF文庫)-3」を参照。
ヴァリス論(丹野義彦) ・・・ 「アルベマス」から「ヴァリス」の神学の変化をまとめる。これはわかりやすい説明。
ヴァリスコスモロジー室井尚) ・・・ 「ヴァリス」にちらとでてくるコンピュータテクノロジーが、現実-夢、自然-機械の二分法的なリアリティを解体している。
サイエンスフィクションとディックの世界(牧眞司) ・・・ 権力システム→閉塞荒廃する世界→狂った神からの脱出と救済というPKDの作家活動のモチーフ。
ユービック―ブルジョワSFのディコンストラクション(ピーター・フィッティング) ・・・ ハイ・アートとサブカルチャーの二分法を無効にするようなPKD。その小説はブルジョワSFをディコンストラクションするのだって。
同じ光の同じ火(島村洋二) ・・・ レム「ペテン師に囲まれた幻視者」を読んで、レムとPKDの共通点を探る。レムに関する記述が多いので、よくわからない。
PKD-主体の死から後期資本主義の神学へ(スコット・ダラム) ・・・ PKDをポスト構造主義哲学で読む。
フィリップ・K・ディックの社会思想(後藤将之) ・・・ 「電気羊」の人間とアンドロイドの差異。共感や思いやりを基準にした人間とそうでないものの区別は、人間的であろうとすると人間でいられなくなる。


 「ヴァリス論」から「ヴァリスコスモロジー」まではヴァリス神学といわれるもののの説明と解釈。難しくてよくわかりません。
 「サイエンスフィクションとディックの世界」以降のは、文学理論やポスト構造主義哲学などのツールでPKDを読み解こうというもの。これも難しくてよくわかりません。例えば、人間とそうでないものの区別は、当時の話題で言えば「脳死」「試験管ベビー」などの科学でかつ社会的な問題とかかわってくるのだけど、ここではそういう話題はいっさいない。あるいは「火星のタイムスリップ」の自閉症児や「暗闇のスキャナー」の薬物中毒者などの人権にも関わりそうだが、そういう話題もない。PKDの小説に顕著なアンドロイドやシミュラクラ、思いやりをしゃべる機械などと人間を区別することにこだわる。このあたりは今の自分の興味とは合わないので、残念。まあ、20世紀末、この国のバブル経済の時代において、知識人が閉じこもったおしゃべりをしていたことの記録ではあるのだろう。

銀星倶楽部 (12) 特集 フィリップ・K・ディック

銀星倶楽部 (12) 特集 フィリップ・K・ディック