odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フィリップ・K・ディック「ヴァリス」(サンリオSF文庫)-2

2018/06/28 フィリップ・K・ディック「ヴァリス」(サンリオSF文庫)-1 1981年
2018/06/25 フィリップ・K・ディック「ヴァリス」(サンリオSF文庫)-3 Tod Machoverのオペラ「VALIS 1981年

 本書の記述のほとんどは、神をめぐる考えの羅列。本書の訳者によって「聖なる侵入」サンリオSF文庫に詳細な解説が書かれている(たぶん創元推理文庫にもある:と思っていたら絶版で、ハヤカワ文庫の新訳に変わるのだって)。自分がもう一度まとめることもなかろう。おおざっぱなまとめは「アルベマス」の感想に書いておいた。
 自分の気になるところを抜き出しておく。神は実在する、でも隠されていて、秘められていて、未知であるということ。もうひとつは宇宙は捏造で、<精神>の処理する情報であり、端的に狂っていて、人間に苦痛と絶望、侮辱、悲惨を与えるのであるということ。でもその救済のために、恒星「アルベマス」からゼブラが到来して、人間にVALIS(Vast Active Living Intelligence System)という衛星を通じて選ばれた人にだけ通信していることになり、世界の破滅をもたらすアメリカ大統領を破滅する工作を準備している。VALISはカバラーで、汚染された人間の解毒である。あとの方はほとんど意味不明だな。
 これにPKDに起きた神秘体験が重ねられ、西洋の哲学や神学の膨大な引用が書き込まれる。体系的には書かれていない(PKDによると自伝的な書き方だというので、おそらくPKDの体験通りの順に書かれているのだろう)。それも理解や共感を困難にしている。
 かつては、この膨大な情報と、宇宙的な意志や使命の達成に参与する個人というロマンティックな妄想に圧倒されたものだ。今の自分の年齢になると、危ういなと思うようになった。
 通常神はこの世の外にいて、空間や時間の制約がなく、人は認識できないのだけど、神が(この世に)実在するというところから出発すると、無制約や不可知ということをいえなくなってしまう(なんせ宇宙の「中」にいるのだし)。でも、神は「人間に苦痛と絶望、侮辱、悲惨を与える」のであるとすると、なぜ神はそんなことをするのかという問いにいたる。答えはいくつかあって、神は人間に無関心か、神は人間に怒っているか(PKD「怒りの神」がそういう神)、神は狂っているか(本書の神であるし、たぶんグノーシス派の神)。神の超越性を別の仕方で説明することになり、そのうえまた別の神がその上にあってというような無限階層をつくってしまいそう。本書でPKDはフィンガートラップという言葉を使って、自分で自分にしかけ、はめられた自分がさらに傷つくことをそう呼んでいるのだが、「神は実在する」から出発する神の考えはそういうフィンガートラップをしかけて、自分をはめることになるのではないかな。さまざまな人間の知を積み重ねるほどに、神を上手く説明できなくなって、さらにアド・ホックな仮説をつくって、ますます体系の整合がつかなくなるような感じ。
 そのうえ、VALISやゼブラが伝えるような宇宙的な使命があって、その達成が人生の目標であるというような考えも。VALISだかゼブラだかの情報を受信できる限られた人、その中でも正しく覚醒・想起したものだけが報酬を受けるという考えも。選抜された「自分」が優れていているものであって、そうでない他人はどうでもいい存在になってしまう。後半で映画「VALIS」をつくったエリックとリンダのランプトン夫妻に音楽のプレント・ミニたちに、フィルやファットは親近感を思えるけど、ソフィアの言葉を聞いた後は彼らを忌避するようになる。救世主であるソフィアが彼らはペテン師だったかバカだったか操り人形だったかといったから。そうなると、フィルが固執した「グロリア(あるいはシェリー)を救えなかった」も、彼らが救うに値しない生命だったからになってしまって、VALISの存在を確認した後は、他者をツール(カントの「手段」よりもこっちの方がしっくりくる)としてしか見ない。そこから来るのは排外主義にジェノサイド煽動だな。


<参考エントリ> グノーシス派の文献
2015/01/07 荒井献「トマスによる福音書」(講談社学術文庫)
2011/07/13 マービン マイヤー「ユダの福音書 DVDブック ビジュアル保存版 」(日経ナショナルジオグラフィック社)