odd_hatchの読書ノート

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ポール・ウィリアムズ編「フィリップ・K・ディックの世界 消える現実」(ペヨトル工房)

 ポール・ウィリアムズはPKDより20歳くらい若い音楽評論家。1974年に「ローリング・ストーン」にPKDのインタビューを載せるために、長時間の話を録音した。その後も親交が続き、PKDの死後の1986年にインタビューと評論などを入れたこの本を出版。ほかにPKDの著作の管理人になり、手紙の出版なども行っている。2013年に死去。

 インタビューの眼目は、1971年11月17日に起きたこと。当時、PKDは離婚して子供たちとは会えない状態に置かれる。4つの寝室のある家には若いヒッピーや薬物常用者などがたむろしていた。ある晩、家をしばらく不在にして帰宅すると、家の中はめちゃくちゃにされていた。窓が壊され、文書を探して物色したあとがあり、ファイルキャビネットが破壊(PKDはプラスチック爆弾を使用したといい、警察の調書にはこじ開けられたと記録されていた)され、中の原稿や使用済小切手は持ち去られていた。家の中は水浸しで、石綿が四散し、高額なステレオセットが盗まれていた。警察はろくに捜査せず、PKDの自演ではないかと疑う。なにしろ、反戦運動や黒人運動の退潮と過激化の進んだ時代。疑う相手はたくさんいた。PKDはいろいろ考え、黒人活動家、警察、麻薬捜査官、FBI、ジャンキーないしヤクの売人などといろいろ推理する。(PKDの長編の主人公は、さまざまな現実崩壊を体験するが、作者自身がおなじような現実崩壊体験をしていたわけね。小説同様に、ことに「ユービック」みたいに、作者も崩壊した現実から抜け出して、再構築することができなかった。)
 事件は解決せず、孤独になったPKDはカナダで自殺未遂を起こし、麻薬中毒をよそおってリハビリセンターに数週間入院する(24時間監視してもらうにはそうするしかない)。そのあと、カナダで出会った女性(テッサ)と結婚し、インタビューの頃1974年には安定した生活を送るようになっていた。なので、インタビューは落ち着いた雰囲気で進められる。
 それによると、PKDはうつや広場や閉所の恐怖症をもち、人と接することが難しく(レコード店長として優秀な成績を収めたが、一日中カウンターの中にいるとおかしくなるという理由で辞める)、離婚した父や妹の死に責任があると思えた母などの両親を憎んでもいた(いっぽうで夭逝した妹への思慕が強く残る)。隠遁生活を続け(しかし若い女性がいないと暮らせないので結婚―離婚を繰り返す)、カリフォルニアの外にはほとんど出たことがない。作家である以外には職業に付けなかったと思えるような行動性向とオブセッションの持ち主。なかなか生きるのが難しかったようだ。
 ほかにもPKDの心境や世界の認識方法などを述べている。作品に即して興味深かったところをいくつか。
・インタビューは1974年10月末から11月初旬に行われている。この年の2月に神秘体験がPKDにおきたが、このインタビューでほとんど何も語っていない。このあとPKDは釈義と命名したメモを大量に書きだすので、整理がついていなかったのだろう。詳しく語るのは1980年代のグレッグ・リックマンとのインタビューにおいて(「ラスト・テスタメント」ペヨトル工房)。
・PKDは、世界は敵意を持っている、慈悲深い中心が存在しないと考えている。その世界において、自分は世界の中の自分にふさわしいところから放り出され、つながりを失っている。世界は敵意はあってもみごとに構築されているが、自分の入る余地はない。むしろ監視されている。なので、宇宙それ自体は生命であり、宇宙の呼吸をわれわれは感じたいと願っている。このあとVALISに結実するようなアイデアがこのころにはできていた。
・中期の長編の特長である多視点主観の方法は、「第二次大戦後東京大学仏文学科の学生たちが始めた複数人物の写実小説」に範を習っているという。ひとりの人物が新しい人物とあい、物語の展開に沿って人物を結び付けるやりかた。どこかで、「東大仏文科の学生たち」に該当するものとして大江健三郎福永武彦中村真一郎などの名をあげていたが、おれは石川淳ではないかと妄想。「白描」「普賢」なんかそんな感じじゃない? どうかしら。
・1972年以降(「流れよ我が涙、と警官は言った」のあと)、「高い城の男」の続編を構想していた。おわりにでてくるだけのアベンゼンが主人公。「イナゴの身重く横たわる」はヴァリシステムがアベンセンに書かせたのであって、ナチの囮捜査官がアベンゼンをつけ狙うというストーリー。これは結局書かれず、「ヴァリシステムA(アルベマス)」を経て、「ヴァリス」になる。(「高い城の男」の続編は読んでみたいなあ。でも「流れよ我が涙、と警官は言った」に似たものになりそう。)
・4番目の妻ナンシーの継母マレンはジェイムズ・パイク司教の情婦。彼女が「ティモシー・アーチャーの転生」のカースタンのモデルになったとのこと。パイク司教の息子は自殺したそうで、パイク自身もイスラエルで死亡。
 PKDのディープなファン向け。