odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

李信恵「#鶴橋安寧」(影書房)

 タイトルの「#鶴橋安寧」はツイッターハッシュタグ鶴橋駅前でヘイト街宣が繰り返されていたころ、アンチレイシズムの抗議者が鶴橋付近を警戒しているとき、現状報告に使ったのだった。のちには、鶴橋周辺のグルメ案内にも使われたりする。

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 鶴橋周辺はオールドカマーの集住地区。なので、そこに住む人をターゲットにしたヘイトスピーチ街宣が行われたのだった。とりわけ悪質だったのは、2013年冬の街宣で、当時中学生の女の子が「大虐殺しますよ」と絶叫し、周辺のレイシスト喝采を送ったとき。しばらく前までネットでその動画を見ることができた。自分は数回みただけ。繰り返し見る勇気はない。
 著者はその場所にいて、その絶叫を聞いた。心が殺されるたと感じた、自分が「殺す」のターゲットにされていると感じた、吐き気が起こる、その場で凍り付いて反応できない、そういう心身の症状が起きたことを証言する。それだけではない。著者は、以前からネットや雑誌の記者としてさまざまな文章を書いてきたが、2009年ごろ(フィリピン人女性とその子の強制退去を求めるヘイトデモがあった)から彼女をターゲットにしたヘイトスピーチが書き込まれる。ネットにアクセスするたびに、数十数百の書き込みが彼女のもとに届く。そのようなヘイトクライムのターゲットになってきた。
 差別の標的にされることは、さまざまな心身反応を生じさせる。心が凍り付く、心が殺される、吐き気・・・。その壮絶さは読者である自分にもこたえる。著者の文体にある明るさが、かえって著者の体験の底深さを想像させる。くわえて、「何気ない差別に遭遇したときほどつらいものはない」。マジョリティの無自覚な言動で差別をあらわになることだ。マジョリティの「無邪気」さがわかるために、反応できない。差別を受けることで孤立が深まる。言動を萎縮させ、抗議や対抗ができなくなり、沈黙効果を起こす。行政や司法は人種差別にほぼ無策だ。下記のヘイトピーチ解消法が施行されたとはいえ、法務省や警察は個々の人種差別案件に対応することはなく、役所間でたらいまわしをする。行政はマイノリティの施設使用に制限をかけて、静かなきれいな差別を行う。
 日本人でオスという日本社会で最強のマジョリティである俺は、無自覚で無邪気な差別を行っている。しかし、それは見えない。見えるためには、マイノリティの指摘を受けなければならない。でもマイノリティは沈黙効果など過去の経験から簡単には指摘しない。なので、本書のような複合差別を受けている人の言葉を読む。それで、理解しようと努力することができる(理解できるとは決していいません。家族のような近い人であっても理解できないのに、なんで遠隔の、会ったこともない人を理解できるのか)。
 例えば2016年に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が成立し施工された。それをマジョリティである俺は無邪気に喜んだわけだが、マイノリティからは「わたしたち(在日コリアン)は二級市民にされた。いつになったら人間あつかいされるのかわからない」という趣旨の発言をされていた。そのときはよくかわらなかった。今なら少しは。すなわちこの国に住むう住民は「本邦内出身者」と「本邦外出身者」という二つに分けられ、うちとそとを区分する。そして、そとにあたる「本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」とする。本邦外出身者にはさまざまな人権が法で保護されていないのに、「差別的言動」においてはそれを「ない」ようにする。そとの住民には、そのような恩恵を用意するが、憲法に規定された人権は対象外にする。それがいう「二級市民」の内容なのだと思う。
 著者は2014年になって、レイシストを被告にした名誉棄損裁判を行った。本書は提訴までを記述。2017年に、対桜井誠在特会本会長、日本第一党党首)、対保守速報(まとめサイト)の裁判でいずれも勝訴。賠償金を勝ち取った。おめでとうございます。

反ヘイトスピーチ裁判

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 あと、これは関西のレイシズムカウンターの記録でもある。関東はしばき隊や川崎市の事例がノンフィクションになっている。関西のはこれくらいではないかな。関西のカウンターは、関東とは異なるところがあり、反レイシズムの運動の多様性がよくわかるところ。SNSでははっきりするが、本になっていないので貴重。 

20160607 のりこえねっとTV「THEATRE OF NO HATE 第5回 法律最強! ヘイトスピーチ解消法成立後の世界」安田浩一×野間易通

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 54:00ころからの辛淑玉さんのインタビューは必見。俺の駄文を超える視点をもって、マイノリティの現状が語られます。