odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

角南圭佑「ヘイトスピーチと対抗報道」(集英社新書) 2016年のヘイトスピーチ解消法施行以後の状況。在特会の活動は激減したが、無名の人々がカジュアルに「悪意なく」差別するようになった。

 このブログで取り上げてきたヘイトスピーチの記録には以下のようなものがある。
2019/04/22 有田芳生「ヘイトスピーチとたたかう!――日本版排外主義批判」(岩波書店) 2013年
2019/04/19 神原元「ヘイト・スピーチに抗する人びと」(新日本出版社) 2014年
2017/05/09 笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-1 2016年
2017/05/08 笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-2 2016年
2019/04/18 安田浩一「ヘイトスピーチ」(文春新書) 2015年
2019/04/15 野間易通「実録・レイシストをしばき隊」(河出書房新社)-1 2018年
2019/04/12 野間易通「実録・レイシストをしばき隊」(河出書房新社)-2 2018年
 共通するのは2013年までで記述が終わり、その後の状況を概観できるものがなかった。本書は2021年に出版されたので、2016年のヘイトスピーチ解消法施行以後の状況が書かれている。路上のヘイトスピーチの問題はデモや街宣を繁華街や集住地区などで行うことだったが、抗議者がでることによって件数と参加人数は激減した。しかし、ヘイトスピーチは別の場所に移るようになり、むしろ件数は増えた。

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 差別のピラミッドをみると、差別には5つのレベルがある。1.偏見、2.偏見による行為、3.差別、4.暴力、5.ジェノサイド。2と3の間の違いは、レベル1と2が単独者の行為であるか、集団の行為であるか。戦後の日本社会ではレベル3からそれより上になることはめったになかったが、1980年以降には頻繁に行われるようになる。21世紀になると在特会のような市民団体が定期不定期に3の差別行為をするようになった。それを市民の抗議で抑える動きが起き、デモや街宣の示威行為は減ったが、かわりに2と4が増え、差別の対象を広げた。日本の特定民族だったのが、障がい者生活保護受給者・貧困者・性的マイノリティ・特定宗教信仰者などにもむけられるようになった。加えてヘイトの現場が路上や文書だけでなく、ネット(とくにSNS)に拡がる。政府や行政がヘイトを抑えるどころか差別の発信者や行為者になっている。過去の歴史を否定する運動もある。標的にするのは、朝鮮人強制連行、慰安婦南京大虐殺関東大震災朝鮮人虐殺など。これらを否定することで、被害者の特定民族の尊厳を否定する。くわえて皇国イデオロギーの復活をもくろむ。この歴史捏造のヘイトは政府や自民党公明党が積極的に行っている。

 このような10年代の動きが紹介されている。なるほど路上で「死ね」「ゴキブリ、ウジムシ」「国へ帰れ」と法務省ガイドライン違反のヘイトスピーチを発するものは減少したが、いまだに続けるものは教育や啓蒙で変わることはまったく期待できない(これを行政や司法は認識していない)。
 かわりにとてもカジュアルに「悪意なく」差別をふるまうものが増えた。レイシャルハラスメントやマイクロアグレッションなどが蔓延している。差別団体のデモや街宣に参加したことのない市民が、中傷を書き込んだり、弁護士の懲戒請求をしたり、脅迫の手紙を出したり、放火したりしている。犯人が見つかり有罪になるものはわずか。
 上掲の図にあるように、個人と政府がヘイトスピーチを進めているとき、差別を減らすには、いくつかのことが必要。差別を見たときにすぐに抗議できるようにすること(「私は差別しない」から「私は差別を止める」へ)。路上のヘイトに抗議する、身近な人のヘイトを指摘してやめさせる、ネットのヘイトが行われないよう企業に広告出稿停止を要請するなど、さまざまなやり方がある。ふたつめは、政治家が差別行為に対してすぐに反差別のメッセージをだすこと。これは欧米では当たり前に行われている。しかし日本では国会議員から地方自治体長まで、反差別のメッセージを出すものはほとんどいない。企業でもそう。三番目には、反ヘイトの法律を作ること。できれば罰則付きで。地方条例でヘイトスピーチを禁止することは可能で、具体的なやり方や在り方はリンク先を参照。
2020/03/09 前田朗「ヘイトスピーチと地方自治体」(三一書房) 2019年
 このような2021年時点のヘイトスピーチ問題を見ることができる。類書はないのでとても貴重。