しばらく休止していて、再開は1876年から。すでに「未成年」を上梓している。ここからしばらくは「作家の日記」に注力していて、「カラマーゾフの兄弟」の取材を始めていたころかしら。というのも、出てくるトピックに子供の虐待(および男性農民による女性虐待)と裁判がでてくるから。19世紀の後進国ロシアの人権侵害は甚だしいもので、事例を読むと気分が悪くなる。その事情はこの国でも同じだと思う。
ほかのトピックは文壇批評に、教会批判に、降霊術(なぜか降神術と書かれる)など。そこかしこに反ユダヤ主義が現れるので、ここでも気分はよくない。あまり興味を惹かない話ばかりなので、どんどんページをすっとばしていった。およそ読書をいうには程遠いのであるが、気の付いたところをいくつか。ドスト氏の中年以降の主張は汎ロシア主義(ロシアは他国や他民族の支配や介入を拒否。しかし周辺諸国にはロシアは保護国であって介入できる)。これは若いころのペトラシェフスキーなどへの関心からすると奇妙な主張に思える。でも「作家の日記」にわずかな記載(社会主義も西洋主義)からすると、ドスト氏はもとから反ヨーロッパ、反西洋の考えの持ち主。若いころの社会主義への傾倒はそれが「ヨーロッパ」を打倒するものと思ったからだ。それがシベリア体験によって覆される(民衆と土地の発見によって)。そして社会主義もまた西洋主義であり、ロシアを破壊するものであるという認識に立つ。ヨーロッパを拒否するという点ではドスト氏は終生変わらなかった。ロシアや自民族の発見で若いころの社会変革思想を否定するというのも、多くの民族主義者にみられることだった。
(にもかかわらず、後期長編にみられる深い人間洞察が生まれるという奇妙さ)
いくつか短編が収録。
キリストのヨルカに召されし少年 ・・・ ヨルカは「クリスマスツリー、転じて降誕祭のうちとくに少年少女のために催される祭りの日(P172)」とのこと。貧乏な家の男の子、6歳くらいがヨルカの晩にアル中の父の折檻で家を追い出され、ほかの家のヨルカを窓越しに眺めるも、追い払われ、じっと丸まって夢を見る。辱められ虐げられた子供とその母だけがキリストのまわりにいる。
百姓マレイ ・・・ ドスト氏が獄中にあるとき不意に思い出した幼少期の思い出。森の中を散策中に「狼が来る」の声が聞こえパニックになる。開けた畑にいた百姓マレイの田舎言葉で慰められる。
百歳の老婆 ・・・ 買物に来た百歳の老婆が、おかみさんや買い物にきたおっさんたちと談笑しているうちに、大往生を遂げる。居合わせた人たちが祝福を送る。
ふとひらめいたことを手早くスケッチしたというような小品。オチもなく、テーマもなく、当時のドスト氏の関心のあり方を見るよう。ドスト氏はナロードニキのような民衆を対象にした運動をさんざん虚仮にしていたわけで、エリートがそのまま民衆の中に入っても理解できないし、共感されないといっていた。なるほど、こういう小品に描かれる民衆を見ると、ドスト氏の観察はさすがというしかなくて、彼の主張を裏付ける自信を見ることができる。
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