法学セミナーは過去に数回ヘイトスピーチを特集してきた。2016年のヘイトスピーチ解消法施行後、状況が変化したところがあるので、それらを反映してヘイトスピーチの概念と過去事案をまとめる「ヘイトスピーチとは何か」を編集した。本号で特集をつくるのではなく、別冊にしたのはヘイトスピーチの理解が広がったことで読者の拡大が見込まれたからだろう。ヘイトスピーチに抗議する現場でも、抗議者・プロテスターが増えているのを実感しているので、この流れを歓迎します。
論文の中で言及されている事案(デモや裁判など)について、別冊法学セミナー「ヘイトスピーチとは何か」(日本評論社)補注のページを作り、Togetterまとめやネット記事などを掲載した。画像や動画のリンクもあるので、何が起きたかを把握するのに役立つことを期待。
第1部 実態──ネット上から街頭へあふれ出したヘイトスピーチ
[調査報告]現代日本におけるヘイトスピーチの実態(明戸隆浩・瀧大知) ・・・ 法学セミナー2015年7月号、2016年5月号のヘイトニュース特集号以降のトピック。ヘイトスピーチの概念と意味内容の共有にギャップがある。2016年6月のヘイトスピーチ解消法制定、2017年からの選挙に名を借りたヘイトスピーチ、警察の警備動向など。一時期HSは抑制され警察も注意したがしばらくしたら元に戻った。レイシストは勝手な解釈でHSを繰り返す。
京都朝鮮学校襲撃事件──心に傷、差別の罪、その回復の歩み(朴貞任) ・・・ 法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社) 再掲。
徳島県教組襲撃事件──ヘイトクライムと対峙して(冨田真由美) ・・・ 事件の被害者。長引くPTSD。襲撃犯の醜悪さ、通報を受けて現場に来ても襲撃と街宣をやめさせない警察のヘイトクライムへの加担。
第2部 理解──ヘイトスピーチの被害とは何なのか
レイシズムの歴史性と制度性(板垣竜太) ・・・法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社)に、初出以降の事例を加筆。
ヘイトスピーチ被害の非対称性(鄭 暎惠) ・・・ 法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社)収録
ヘイトデモから見える日本社会(安田浩一) ・・・ ヘイトスピーチが日常化し、ヘイトクライムが起こりつつある日本社会。鶴橋、関東大震災の朝鮮人虐殺否定、災害時のヘイトデマ、朝鮮総連銃撃事件。
ヘイトクライム被害からの「回復」の困難とその方途 ──京都朝鮮学校襲撃事件からの一考察(山本崇記) ・・・ 事件の裁判で賠償金はでたが、被害者の日常は回復されていない。学校と地域住民の取戻しの記録。同じ著者の「裁判において問われなかった二つのポイント――地域社会と支援組織」法学セミナー2015年7月号も合わせ読むこと。
第3部 裁判──法廷でヘイトスピーチの実害を「発見」する
京都朝鮮学校襲撃事件裁判(冨増四季) ・・・ 事件後の仮処分、刑事事件、民事事件の裁判の記録。
李信恵さんの2つの裁判(上瀧浩子) ・・・ 法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム III」(日本評論社) の「反ヘイトスピーチ裁判」再掲。対在特会、対保守速報裁判。いずれも勝訴し、賠償金の支払いが命じられた。重要なのは、人種差別と女性差別がある複合差別を認定したこと。
徳島県教組襲撃事件裁判(豊福誠二) ・・・ 法学セミナー2018年2月号「徳島県教組襲撃事件 ヘイト「クライム」対応に関する考察対象として(冨増四季) 」を参照。裁判は勝訴したが、この時の襲撃犯で有罪判決を受けたものが2018年関西の市議に当選した。
第4部 反差別──ヘイトスピーチを拒絶する社会へ
川崎のヘイトデモと地域の反差別の力(石橋学) ・・・ 差別のない社会への取り組みの例として川崎を取り上げる(筆者は神奈川新聞の記者。ヘイトの現場で取材しています)。2016/1/31のヘイトデモ阻止。同年4月の国会議員視察。川崎市のレイシストへの公園使用不許可。2019年のまちづくり条例準備など。川崎市内では毎月レイシストが駅前で街宣をするなど、条例制定と阻止の攻防が続いている。レイシストは2019年9月に石橋記者を提訴し、徹底抗戦する予定。
差別と公人・公的機関の役割 ──「平等」と「個人の尊厳」の実現のために(秋葉丈志) ・・・ 公人、公的組織のヘイトスピーチは広範で甚大な被害をもたらす。アメリカの事例を紹介。日本の事例を挙げていないのは残念。21世紀になってから政治家のヘイトスピーチがめだち、10年代には地方議員や国家公務員、宗教関係者(僧侶)などが悪質はヘイトスピーチを発している。ARICが政治家のヘイトスピーチを集めているので参照。くわえて、選挙運動でヘイトスピーチが発せられる事例が発生。日本第一党とNHKから国民を守る党、日本国民党などに所属する候補者が選挙期間中にヘイトスピーチと聴衆への恫喝や威圧を行っている。
「あらためて認識すべきなのは、憲法上実現が求められている価値には『自由』だけでなく『平等』(equality)や『個人の尊厳』(dignity)もあるということである(P162)」
この指摘は(自分には)重要。レイシストやネトウヨがヘイトスピーチ規制や罰則に反対する論拠が「表現の自由」を守れであり、「反差別」と「多様性」を主張している。すなわち、「白人を差別するな」「日本人へのヘイトをやめろ」「ポリコレは多様性を損なう」「反ヘイトは表現規制だ」など。そこで「表現の自由」だけではない守られなければならない価値(正義)を展開するのは必要だと思う。
2013年以降の状況を箇条書きにすると
・日本第一党(在特会)やネトウヨ、右翼によるヘイトデモや街宣は激減。法の規制の効果はほとんどなくて、カウンターと呼ばれる市民の活動による。
・選挙を名目にしたヘイトスピーチが多発。ヘイト候補者や支援団体は選挙運動に対する抗議は公選法違反と考えているため。しかし、2019年の統一地方選の際に警察庁は「選挙運動であっても差別的言動の違法性は否定されない」の通達をだした。またカウンターによって選挙中のヘイト候補者への抗議行動も行われるようになった。
・政治家、国家公務員によるヘイトスピーチが増加。
・嫌韓政策がとられ、嫌韓報道が増加。
・民間でもヘイトスピーチ、ヘイトクライムが増加。
(うしろの3つは事例がありすぎて、まとめきれない。NoHateTVをみましょう。)
首相、閣僚、官庁、自治体の長、国会議員、地方議員、国家公務員、マスコミなどにネトウヨやレイシストと同じメンタリティを持つものが多数いる。2013年からのカウンター活動で、路上にでてくる悪質なレイシストを抑え込めたと思っていたが、権力や権威をもつもののヘイトスピーチが激しくなり、国民に民族差別や人種差別が蔓延しようとしている。阻止しないと。