odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

前田朗「ヘイトスピーチと地方自治体」(三一書房)

 2016年にヘイトスピーチ解消法が施行されてからの課題をまとめる。路上のヘイトは市民有志(カウンター、プロテスターと呼ばれる)の活動で減少してきたが、根絶にはいたらない。公的施設利用、選挙、インターネットではヘイトスピーチがいまだに多い。ここではとくにレイシストネトウヨと直接対応することになる自治体の取り組み方法をまとめている。

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第1章 いま何が問われているか ・・・ 2019年12月12日に成立した川崎市の罰則付き差別禁止条例の説明。具体的経過は本文と下記まとめを参考に。

odd-hatch.hatenablog.com

 路上のヘイトのみならず、ネット上のヘイトスピーチも深刻な問題になっているが、今回の条例では対象外になった(これは法務省と日本のプロバイダー企業がヘイトスピーチ対策に消極的なことに起因)。

第2章 ヘイト・スピーチをめぐる7つの誤解 ・・・ 小見出しでは疑問形にしているが、ここでは断定で。
ヘイトスピーチは汚い言葉ではない(人種差別撤廃条約、国際自由権規約ヘイトスピーチ解消法などに定義がある)。ヘイトスピーチは言論ではない(暴行によらない障害であり、メッセージ犯罪)。ヘイトクライムは日本で起きている(関東大震災の虐殺から相模原障碍者殺傷事件まで多数)。ナチスに限った言動ではない(世界各地で起きている)。教育や対抗言論の対処は不十分(そういうことをいうやつは教育しないし対抗言論もしない)。ヘイト対策は国の責任(ついでに自治体も対処するし、国民はヘイトスピーチ根絶の責務をもっている)。

第3章 ヘイト・スピーチを許さない7つの根拠 ・・・ ヘイトスピーチには被害の実態がある(でも国や官庁は実態調査をなかなかしない)。被害にはマイノリティの被るもの(加害者との非対称的な関係で対抗が難しい)と地域社会の被るものがある。民主主義とレイシズムは相いれない(レイシズムは民主主義を破壊するので共存不可)。日本国憲法の基本精神(特に第14条の差別の禁止)に反する。人間の尊厳、人格権、ヘイトスピーチを受けない権利を侵害する。表現の自由を守るためにヘイトスピーチ規制が必要(ヘイトスピーチは無責任な表現の濫用)。

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第4章 ヘイトの共犯にならない7つの対策 ・・・ 自治体ができること。2013-15年に自治体が国にヘイトスピーチ規制をするよう意見書を採択する例があいついだ(全国で300を超えたはず)。ほかに声明、意見書採択、条例、公的施設利用ガイドラインなども可能。条例では罰則なし、氏名公表、罰金など(大阪市や東京都の事例をみると公表は抑止効果がない)。相談と窓口(職員の意識と教育が必要。相談の人員と予算の確保。相談した後の対応を用意しないとつかわれない:警察との協力とかセイフティネットとか被害者支援とか)。教育と啓発活動(何を教育するかの内容は重要。ヘイトスピーチの定義とガイドラインが重要)。インターネット対策(法務省総務省、外務省、プロバイダー業者の協力が必要。ところが官庁は動かないし、業者は経営責任者がネトウヨで非協力的)。

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第5章 公の施設利用ガイドライン ・・・ 団体がヘイトスピーチを含む集会、デモなどを行うときに、公的施設の貸し出しを求めてくるときがある。それを貸すと、ヘイトスピーチの拡散に自治体が寄与することになるので、使用の制限や貸し出し禁止などのガイドラインをつくろう。川崎市大阪市京都市などで施行済。
(そのようなガイドラインがなくても施設使用を禁止した例がある:山形県。なので、自治体のやる気次第。いまあるガイドラインではその施設内でのヘイトスピーチを問題にしているが、個人的には自治体区域外のヘイトスピーチの実績があれば貸し出し禁止にするべき。また、ヘイトクライムの実行犯が公的施設、学校を訪問して歴史捏造やヘイトスピーチで言いがかりをつけてくることがあるので、施設と自治体の職員は面会を拒否するべきだとも考える。)

第6章 教育・文化政策のために ・・・ 教育・啓発活動が必要。でも日本ではあまり研究されていない。他国の事例を紹介。教育では内容と同時に対象者も重要。生徒、教員、法執行者(警察、検察、裁判所)、移住者、出版放送、イベント、メディア、インターネット。

第7章 被害者救済のために ・・・ 人種差別撤廃条約でも国連人権委員会の勧告でもヘイトスピーチ被害者救済が必要であると言っているのに、日本はほとんどない。ヘイトスピーチを処罰する法規定と刑事手続きの運用整備、差別事案を担当する専門機関、被害者賠償の制度、被害者支援、研修やキャンペーン、統計・実態調査、などの仕組みと人員と予算。
(全国の統計を取っている公的機関はない。警察もデモの件数のみ。街宣、講演会、選挙などを含めた網羅的な統計を作っているのは、日本全国で俺だけ。それでも漏れが多いという現状。)

 

 以下の資料を参考にすること。
2017/05/12 法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社) 2015年
2017/05/11 法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム II」(日本評論社) 2016年
2019/04/11 法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム III」(日本評論社) 2018年
2020/03/13 別冊法学セミナー「ヘイトスピーチとは何か」(日本評論社) 2019年
2020/03/12 別冊法学セミナー「ヘイトスピーチに立ち向かう」(日本評論社)-1 2019年
2020/03/10 別冊法学セミナー「ヘイトスピーチに立ち向かう」(日本評論社)-2 2019年
 以上を読み込んでおけばだいたい本書の内容はカバーできる。とはいえ、個々の条例や国連人権委員会勧告などほかの情報も抑えておいたほうがよい。これらを網羅したサイトは(たぶん)ないので、自力で探さないといけない(だれかやってくれないものか)。
2014年
第85回期国連人種差別撤廃委員会 日本政府報告審査
第85回期国連人種差別撤廃委員会 日本政府報告審査(二日目)
国連人種差別撤廃委員会の日本審査 by IMADR
2016年
【2016/1/25】国連リタ・イザックさんシンポジウムのメモ
2018年
【2018年8月】国連人種差別撤廃委員会の対日審査会合
 ここには選挙におけるヘイトスピーチの扱いがもれている。
【2019/4/9】(火) 参院法務委員会 有田芳生議員と伊藤孝江議員(公明党)の質疑聞き取り(選挙運動を利用したヘイトスピーチについて)
http://odd-hatch.hatenablog.com/entry/2019/04/09/110248
【2019/4/23】(火) 参院法務委員会 有田芳生議員の質疑聞き取り(特定技能外国人による廃炉作業、選挙運動を利用したヘイトスピーチについて)
http://odd-hatch.hatenablog.com/entry/2019/04/23/105740

 将来的には、ヘイトスピーチ解消法を改定して罰則をつける(罰金のみならず懲役まで含む)ことが必要。そこにいたるまでに、自治体でも川崎市と同じような罰則付きの差別禁止条例を制定することが可能であるし、京都市のように公的施設の貸し出しに関するガイドラインを制定できるし、いくつもの自治体で行われているようにネットのヘイトスピーチ監視もできる。このような動きがさらに広まって、定着することを期待する。
 自治体が差別禁止を行わなければならないのは、ヘイトスピーチ解消法で自治体の職務とされているからであるし、差別の実態や被害に直接関与しているから。被害者が被害申告や相談できる場所として自治体が機能し、差別禁止に具体的に動けるような権限と職務をもつようになるべき。
 注意するべきことは、自治体の窓口はネトウヨレイシストの電話攻撃などの対象になる。威嚇的で暴言とヘイトスピーチだらけの苦情を延々と聞かされることになる。その対策を用意することと、職員のメンタルケアなどの支援策を準備することは必要。(民間委託するとか、AIに対応させるとか、悪質なものを公開して業務妨害で告発するなどもできればいいなあ。)
 そのためには、法務省総務省・警察などの官庁、プロバイダー事業者などの大企業が差別禁止に具体的に動くことが必要。2016年以降の取り組みを自分が見ている限りで言えば、消極的と言わざるを得ない。いくつかの企業ではヘイトスピーチ容認や支援をしていると思えるようなとことがある。これらの改善も急務(官庁や企業の怠慢を指摘する国会議員が少数なのが残念)。
 同時に、市民の監視も必要になる。差別禁止条例がちゃんと運用され、ヘイトスピーチを行う個人や団体、ヘイトクライムを起こした個人や団体を通報するアクションを継続的に行わないといけない。官庁や企業任せにすると、面倒くさがってやらないし、売り上げ減少でコストアップになる施策をとらなくなる(それは公害でさんざんみてきた)。なので、市民の側の運動が必要。あわせて差別主義者や差別団体、極右団体が議会に人を送り込もうとさかんに選挙で立候補しているので、これを落選させることもやらないといけない。
 差別禁止、撤廃を実現するためにやることは、公共善(@アリストテレス、サンデル)を実現することに他ならない。参加型民主主義の実践そのものなのだ。