odd_hatchの読書ノート

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法学セミナー2018年1月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム III」(日本評論社)

 雑誌「法学セミナー」のヘイトスピーチ特集は2年ぶり3回目。前回では国内には法や条例はなかったが、2016年にHS解消法が、いくつかの自治体で条例が制定された。また、ヘイトクライムの裁判判決が確定したり、地裁などで被害者勝訴の判決が出たりした。行政や司法の動きがでてきたので、その中間まとめ。

 

人種差別主義に基づく憎悪表現(ヘイトスピーチ)の規制と憲法学説(小谷順子) ・・・ 「規制慎重論」を唱える学者による各国の規制状況と、実際の法規制する際の問題点。
(自分はヘイトスピーチの規制はすすめたほうがいいと思うので、ちょっと眠たい議論。まあ、規制慎重派からすると、政治運動、とくに選挙活動でのヘイトスピーチをどうするかは難問だろうな。政治表現の自由ヘイトスピーチ規制の境目のつけ方は。2016年の日本第一党桜井誠都知事選で見せたヘイトスピーチはほぼ全部をネットで見て聞いた俺からは許容できないものだ。実例は下記参照(動画は閲覧注意)。

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刑法改正、ヘイトスピーチ解消法改正の可能性(金尚均) ・・・ 罰則規定をいれた法律文案を提案。
(2016年の参院法務委員会で、提案者の自民党西田昌司議員は「この理念法を根拠に既存法でHSを止めさせるようにしてほしい」と趣旨説明でいっていたが、2018年1月現在でそのような事態にはなっていない。むしろ大阪市のように市が抑止条例を作っても、SNSサービス会社などの協力を得られないので、法務省にHS解消法の改正を要請するまでになっている。また、警察によるHS解消法の署員等への周知・教育も不十分であり、HSが行われる現場(デモ、街宣など)で警察がHSを止めさせることはない。なので、このような罰則規定を加えた法改正は必須であると自分は考える。あと、HSの害悪に、個人の尊厳が他人からの承認関係によってつくられるのにHSはそれを破壊する、という指摘が重要。HSは、個人の尊厳に加えて、社会の関係も破壊する。川崎市のような市民と行政が協力するHS廃止の運動が必要になる理由。)
追記: これを書いたのは2018年1月。2019年になって大きな変化があった。参院法務委員会での有田議員の質疑に答えた法務省は「インターネット上の不当な差別的言動に係る事案の立件及び処理につい
て」と「選挙運動,政治活動等として行われる不当な差別的言動への対応について」を出し、インターネットと選挙時のヘイトスピーチを容認しないように「適切に対応」するよう、指示をだした。

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 また、ヘイトスピーチを発してきたレイシスト候補の選挙運動にカウンターが抗議する事例が2019年春の統一地方選で行われるようになった。

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差別と公人・公的機関の役割——「平等」と「個人の尊厳」の実現のため(秋葉丈志) ・・・ 公人のヘイトスピーチは大きな影響を社会に及ぼす。公人・公的機関のヘイト政策とその批判と名誉回復などをアメリカの日系人収容所の事例で紹介。
(この論文では、現在起きている政治家のヘイトスピーチに言及がないのが残念。安倍晋三麻生太郎石原慎太郎片山さつき小池百合子など、現役の政治家時代にHSを公的に発した例が多数ある。下記、サイトで政治家レイシズムのデータベースが公開されている。)

antiracism-info.com


反ヘイト条例等の検討状況(田島義久) ・・・ 大阪市は2016年にHS抑止条例を作った。HS案件に関してインタ―ネットコンテンツの削除やHS加害者の氏名公表などができるようにした。施行後2017年11月までに34件の申請があったが、終了したのは9件。遅滞(専門の職員がいない、審議が月一回で事前準備が不足など)。
(HS動画投稿者の実名公開を実施しようとしたが、サービス会社の協力が得られず、市条例は対応できないと判断して、実名提供が可能になるよう法改正を国に要望することを決めた(2018/1/17)。ドイツではHSの書き込みは24時間以内の削除がサービス会社の義務になり違反すると多額の罰金が科せられるようになっている。日本では、法務省の依頼に対してサービス会社は消極的。ことに外資系企業。)
追記: 2018年3月ころからインターネット上でYouTubeのヘイト動画を通報しようという運動がおこり、規約違反の動画約60万本、チャンネル千数百が削除された。またヘイトスピーチを発しているサイトに広告が出向されている企業に伝えて広告を引き揚げさせようという運動も起きた。その結果、有名なネトウヨサイトの「保守速報」に広告を出稿する企業がゼロになった。)

ja.wikipedia.org

hangul.shoutwiki.com


川崎市によるヘイトスピーチへの取組みについて(師岡康子) ・・・ 「公的施設の利用制限のガイドライン」の紹介。ヘイトスピーチを含む団体名、集会名が掲示されることは差別煽動の加担になる。
(これは行政だけが行っているのではなくて、議会が支援し(全会派が賛成)、市民が協力している。そのような取り組みの例が以下のまとめ。

togetter.com

 

togetter.com


 過去に山形市在特会の集会申請を許可しなかった事例があるので、必ずしも条例がなければできないわけではない。まあ、明文化されている方が差別団体への牽制になり、市民への啓蒙になるだろう。)
ヘイトスピーチ解消法を受けた地方公共団体の取組みと課題(中村英樹) ・・・ 川崎市大阪市の条例(案)を参考に、実施する際の問題を検討。
(地域の実情や過去の取り組みなどで適正な条例はそれぞれ異なるので、コピーしても役に立たない。職員が兼務で対応処理するには膨大な職務になるので専任にするように。外部のヘルプを依頼するのもあり。)
ヘイトスピーチ裁判の動き
ヘイトスピーチ裁判(上瀧浩子) ・・・ 2017年にでた李信恵さんの裁判判決。在特会敗訴は最高裁確定、「保守速報」敗訴は大阪地裁判決。重要なのは、複合差別(民族差別と女性差別)が認められたこと、発信者ではなくまとめ主の責任が認められたこと。問題は、賠償金が安い、事後的対応では遅い(心身症状が出ても支援や対応がなかった)、発信者のみならず配布したものの責任も問うことなど。

togetter.com

 

matome.naver.jp


徳島県教組襲撃事件 ヘイト「クライム」対応に関する考察対象として(冨増四季) ・・・ タイトルの裁判の関係者の報告。ヘイトクライムに対する認識が司法では極めて薄く、裁判の結果は不十分であるし、警察もHS解消法の趣旨が十分に徹底されいてない。
(この件でいやなことは、京都朝鮮学校徳島県教組襲撃事件で有罪判決を受けたもの(収監された者を含む)は2017年にふたたびヘイト街宣にもどって、路上でヘイトスピーチをするようになったこと。2016年のHS解消法施行直後は警察のヘイト行動警備はきつくなったが(それでも不十分)、2017年にはすっかりもとにもどりレイシストを保護するような緩い警備になってしまったこと。著者の指摘にある、1948年の朝鮮学校閉鎖を日本国によるヘイトクライムとみる視点は新鮮。このときに日本政府が上記事件の在特会の役割を担ったのであり、その後の日本政府の政策が在特会的なものを生み出した。)


高校授業料無償化裁判——朝鮮学校の除外
司法は行政による差別を追認するのか(李春熙) ・・・ 第2次安倍内閣ができて、朝鮮学校就学支援を打ち切る決定を下村文科大臣がくだした。複数の件で提訴され、2017年に地裁判決が出た。大阪は原告勝訴、東京は原告敗訴。
(上記のHSでは司法が差別を容認することが問題にされたが、ここでは行政が差別を行っている。文科省は2016年に「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点」なる通知を出していて、それが理由で無償化を取りやめにした県がいくつかある。)
高校授業料無償化法の立法経緯と朝鮮学校除外問題(石井拓児) ・・・ 高校進学率がほぼ100%である今日、高校無償化は必須。外国学校には外交的配慮は不要という原則が提案されているが、自民党は野党時代から外交的理由で朝鮮学校無償化に反対していて、政権奪取後に政策にしている。これは不当。
朝鮮高校就学支援金不指定事件を考える(中川律) ・・・ 2017年に出た地裁判決の検討。
(専門的過ぎて、自分には歯が立ちません。)


 2年前に読んだときは勉強のためだったが、今回は自分の記憶の確認になってしまった。ほぼリアルタイムでこの特集に出てきたトピック(裁判判決、条例案の発表など)を読んできたし、全国のヘイトデモや街宣をネット中継で見て、この特集の執筆者になった方々の文章を読んできた。ずいぶん知識が増えて、それなりに考えることもあった。それからすると、紙のメディアは遅いなあという感想。そのうえ、雑誌の特性上、論文の記載には慎重さが要求されるようで、ツイッターなどでみる論調よりも控えめで抑えられた内容になっている。ものたりなかった。 

同じ雑誌のヘイトスピーチ特集号。

2017/05/12 法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社) 2015年

2017/05/11 法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム II」(日本評論社) 2016年