odd_hatchの読書ノート

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埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)「第一章 癲狂院にて」

2021/07/09 埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)「序」 1948年の続き

第一章 癲狂院にて (第一日午前)

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 とても暑かった夏の終わりの午前、永久運動で動く時計台をもっている「✖✖風癲病院」に、黙りがちで長身の三輪与志が、兄・高志の依頼で、高志の友人・矢場徹吾を迎えにいく。矢場の主治医で高志の同級生である岸杉夫医師に、与志は奇妙な議論を吹きかける。この世が幽霊屋敷であるとして、幽霊とどのような対話をするのか。不眠にある与志は、存在は不快であると断じ、自己が自己の巾の上に重っていることを許容できない。与志は「自動率の考究」という論文を書いていて、そこで「虚体」を求めていることを明かす。岸医師は、部屋にいる10歳くらいの知的障害をもつ(本文では「白痴(ママ)」)の少女「神様」と、その姉である15歳くらいの「ねんね」を紹介する。二人は動物をかたどった厚紙で遊んでいる。やってきたのは矢場徹吾。ある事件(ムク犬をいじめている子供を殴ったところ、大学の寄宿舎で大問題になり、失踪し、放校され、刑務所の病舎に収容されていた)をきっかけに決して人語を発しない「黙狂」となったのであり、岸医師の治療を受けることになったのだ。「神様」はだれにもなつかないのに、矢場にもたれかかる。さらに、黄色い顔色が悪い饒舌な首猛夫が老門衛の静止を振り切って入ってくる。収監される矢場に無理やり会おうとしたため。首はしゃべりをとめず(矢場や高志との過去の因縁など)、さらには岸博士と与志の対話に興味を持ち、俺なら幽霊は機能を停止し思惟をやめているのだから恥を知れ首をくくれというとうそぶく。さらに、与志のいいなずけである津田安寿子がくる。明後日の午後、誕生会を行うので来てほしいという依頼をしに来た。こうして人が増えて、部屋がいっぱいになったところで、首が「Villon, our sad bad glad mad brother's name」(ウィンバーンのフランソワ・ヴィヨンによせた詩"Ballad of François Villon, Prince of All Ballad-Makers" の一節)と言い残して部屋を出ていき、第1章は終わる。
 全体のイントロダクション。主要人物の紹介が行われる。

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 上の「現在」には表れない過去の話をいくつか。
・与志の兄・高志は社会運動を行っていた(というから時代は昭和10年、1935年前後になるか)。官憲の知るところとなり、逮捕されることになったが、そのさい自室で爆発騒ぎ。収監後体を壊して(書かれていないが拷問のせい)、寝たきりになっている。世話を許すのは祖母のみであったが、祖母は脳溢血で死亡。高志は与志に矢場徹吾の迎えを依頼する。三輪家では葬儀の準備が始まっているはず。
・矢場辰吾が子供を殴りつける騒ぎを起こしたあと、与志は寄宿舎隣りの図書館に寝起きする黒川建吉を訪れる。あいまいな会話のあと、与志は黒川を夜の散歩に連れ出す。暗黒、漆黒の闇、果てしない霧、黒々とした大樹など闇がさまざまなことばで描写される(まったく何も見えないのに、闇がいくつものグラデーションで区別できるかのような)。深夜の墓地の散歩は若き日の埴谷雄高がやっていたこと。
 昭和22-23年ころに書かれた。この後40年以上をかけて「完結」させるのだが、しまいまで読んでからこの賞を再読すると、この章の断片的な情報がのちの伏線になっているの気づく。安寿子の誕生会は「第九章 《虚體》論―大宇宙の夢」。首猛夫が矢場の治療に立ち会うという希望は「第七章 《最後の審判》」で実現する。与志が連れ出した黒川建吉も「第三章 屋根裏部屋」で長広舌の議論を行う。寝たきりの高志も、「第五章 夢魔の世界」で「社会運動」で起こした深刻な事件の真相を与志にだけしゃべることになるだろう。神様はこのあと「風癲病院」を抜け出して、彼らの後をつけ、「第六章 《愁いの王》」で神をみることになる。このような長い長い射程で物語を紡ぐ作者の粘りに感銘を受ける。
 この小説の登場人物は黙したものが多い。「黙狂」矢場徹吾はいうまでもなく、主人公の三輪与志にしてから寡黙であり(後半になるほどしゃべらなくなる)、「神様」「ねんね」もほとんどしゃべらない。そこに粗忽で傍若無人な首猛夫(とのちに出てくる津田夫人)の饒舌が加わるので、重苦しさや密閉の感じが破られる。沈鬱なばかり、難しい観念が頻出するというイメージではあるが、そんなことはなく上質なユーモア小説でもあるのだ。この章だって、空っぽの部屋に人が次々入ってきて、身動きならないほどになり、大混乱になったところで急転直下のとうとつな幕引きというシチュエーションコメディの作法になっているし。

     

    

 

2021/07/06 埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)「第二章 《死の理論》」-1 1948年に続く