odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ハリイ・ケメルマン「金曜日ラビは寝坊した」(ハヤカワ文庫)

 金曜日の朝、ラビは寝坊した。起きたときには、ラビの車のそばで絞殺された女性の死体が発見されていた。彼女の持ち物であるハンドバックがラビの車の中に見つかった(ということは、ラビに限らずボストンからほど近い小さな町の住民は車に鍵をかける習慣がなかったとみえる)。事件の奇妙なのは、この女性、イタリア人の経営するレストランに住み込んで家族の世話をしていた。休みが取れるのは木曜日だけ。あまり社交的ではない彼女は外を出歩かないのだが、部屋には脱いだドレスが残されていて、死体は下着にレインコートを着ているだけだった。ハンドバックには特に目立つものは残されていないが、妊娠2か月目であることがわかった。この身持ちの固いと思われた若い女がなぜ下着とレインコートだけの軽装(というか非常識な恰好)で外に出たのでしょう。ラビは前日の夜、大学で読書と研究に熱中していたので、アリバイがない。最初の容疑はラビにかかる。

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 これは都筑道夫「退職刑事」に出てくるような謎。その解決はとても合理的で自然。エキセントリックな犯人がたくらんだロマンティックで非現実的な理由や方法ではなく、なるほどその年齢の女性であれば、ありうるだろうというようなもの。そこはとても好感をもてた。探偵小説がこの時代(初出は1964年)にはリアリズムになっていて(同時代のクイーンの長編はアナクロだし、カーは時代歴史小説に移っていたし)、その傾向を明らかにしていると思う。ただ、長編をこの謎だけで押し通すことはできないなあ。謎ときに専念する書き方だと短編になるだろう。
 そこを埋めるのが、アメリ東海岸の地方都市におけるユダヤ人社会の様子。この街は、プロテスタントが優勢で、カソリックは少数。他のエスニックマイノリティは小説には登場しない。そのような白人の富裕層から中間層の集まる街。そこではユダヤ人はさまざまな差別を受けているみたいだ。そこで教会を中心にする共同体を作り、相互扶助の仕組みを作る。みんなで少額ずつ負担して、社会的共通資本に投資したり、セイフティネットを作っている。それは一方で、プライバシーに入り込んだり、共同体内のグループ抗争があったりして、盤石で安心できる社会になっているわけではない。それは、ほかの社会でも似たようなものなのだが(この国の「村」でもそうだよね。頼母子講村八分が共存していたのだし)。
 興味深いのは、中心になるユダヤ教会のしくみ。俗人の集まりが教会を建立すると、その共同体がラビを育成する神学校に派遣を要請する。神学校が推薦した数人の候補から理事会が投票などで選抜する。赴任してきたラビの給与は理事会の決議で決まり、毎年ないし数年ごとにラビを更迭するか継続するかの会議が行われる。理事会には社会の名士が集まるが、宗教的な情熱で着任するのではなく、教会を中心とした社会を利用する(ビジネスの販路を拡大するとか政治運動の足場にするとか)のが目的。なので、ラビ擁護とラビ反対のグループが生まれてしまう。ここでは、学究肌で社交的ではないラビを更迭しようとする運動も同時に進行する。人間関係の調整よりもタルムードの規範を優先する、超俗的なラビの判断で傷ついた人たちがいるせいだ。彼らは事件を利用して、ラビを排除しようとする。ラビは殺人事件の容疑を晴らすことと、自分の立場を守ることのふたつを引き受けなければならない。両立の難しいこの課題を、ラビは論理の力だけで乗り越えることができるか。
 ラビの論理能力と、高い倫理性(利害関係を持たないで正義を実現しようとする)を最初に評価し、のちに積極的に支援するようになるのが、カソリックの警察署長。この宗教間の乗り越えが、共同体の団結よりも先に行われるのが興味深い。日本のような均質な成員で構成される(この認識はマジョリティの持つ幻想)のとは異なり、様々な出自とアイデンティティを持つアメリカの共同体の成員同士の確執は、なかなか解消しがたい。共通の敵を見つけるか、コミューンを外に開いて利害を共にしない成員を受け入れるか。これはたぶんほかの共同体、コミューンでも起きることかもしれないなあ。
 謎解きよりも、ユダヤ社会をケーススタディにした正義や倫理の問題のほうが面白かった。