odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

バーバラ・ニーリイ「怯える屋敷」(ハヤカワ文庫)

 家政婦は探偵なのだという妄想を小川洋子「博士の愛した数式」筒井康隆「家族八景」で得た。その系譜に載るような小説を見つけた。バーバラ・ニーリイ「怯える屋敷」(ハヤカワ文庫)1992年。そして、自分の妄想はそのままでは通用しないということに気づく。
 すなわち、家政婦と探偵は家族の中に入って、プライバシーに触れるところにまで入り込み、家族を観察することができる。でも、重要なのは、観察する家政婦は同時に雇用主の家族によって観察される=見られる対象になることだ。その際に、雇用-被雇用の従属関係といっしょに、男女の権力関係にさらされる。男の探偵は家族のプライバシーにずけずけとはいっていっても、家族の抗議や嫌悪を無視することができる。ときには一喝して自分の権力を誇示することができる。すると家族の側が折れたり委縮したりして権力に従うようになる。ホームズ、クイーン等の名探偵は警察権力も使うし、こわもてのマーロウやアーチャーはガタイと態度の大きさで相手を黙らせる。でも、女性の場合、家政婦でも探偵でもそのような権力はない。むしろ男女の権力関係の不均衡によって、男性側の見方を押し付けられる。観察される女性は礼儀正しく他人との軋轢を生まないようにふるまう(ふるまわさせられる)のだ。もともと家政婦や探偵は仕事先の家族と関係がないので、公正に観察できる「利害関係のない第三者アダム・スミス)」となりうると考えたのだが、実際は性にまとわる不均衡な権力があり、利害関係のない公正な観察者になることを阻害しているのだった。
 しかも、本書の場合、家政婦=探偵になるのは黒人の中年女性であり、雇用主は白人夫婦。公民権運動によって黒人差別を解消する施策が行われるようになったにしろ、差別する側が容易に意識を変えることはできない。初出の1992年には、露骨なヘイトスピーチや暴力をすることはなくても、嫌がらせや嫌悪の感情や冷笑はあちこちで起こる。主人公のブランチは長年の家政婦の経験で、それらに対抗する言動を身に付けているとはいえ、心休まる時間はほぼない(彼女の姓は「ホワイト」なので白人男性は必ずそのことで馬鹿にする)。マジョリティには起こることがない緊張を強いられるマイノリティなのだ。

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 さて、ブランチは不渡小切手をだしてしまったので警察に呼び出されたが、警察署に政治家がやってきて騒々しくなったのに乗じて署を抜け出した。そして行くつもりのなかった家政婦の仕事先を逃げ場にしたのだった。一か月も仕事をして給与を得られれば、この町を出ることができるはずだ。しかし白人家族の家は奇妙だった。ほぼ寝たきりのアル中の中年女性。その姪夫婦、いとこのダウン症らしい知的障害を持つ成人男性の4人暮らしに、通いの黒人庭師。寝たきりの女性は自分が持っている金を姪夫婦に渡したくないらしく部屋から出てこない。姪夫婦は献身さを見せるどころか露骨に嫌って見せる。知的障害をもつ男はおろおろするばかり。そして姪夫婦と親交のある保安官が謎の死を遂げ、この家に長く使えている黒人庭師が放火で焼死する。ついにはアル中の女性が手紙を残して失踪してしまう。いったい何が起きているのか。
 自分をまもるために探偵をしなけらばならない。そうするのはやむをえずである。しかしすでに権力勾配のなかにあると、警察や男の探偵がするような尋問はできないし、家を出て独自に調査するわけにもいかない。さまざまな制約が彼女の危機をいや増す。黒人であり女性であることの困難がよくわかる。白人ないし男性への嫌悪や批判は厳しく、マイノリティへの共感は深い。差別や嘲笑にははっきり指摘し、同じ扱いをすることを許さない。事件を解決した後、金銭的には魅力的な提案を受けるが、彼女は受け入れなかった。比較的高給で白人家族の世話をすることより、手元不如意であっても他人に介入されない自由を選ぶ。この誇り高さ。というより「アンクル・トム」のような扱いは拒否するとみたほうがよい。このような人物像は日本の小説ではまずお目にかかれない。(白人の女性探偵が男性に抑圧され蔑視されていても、黒人女性からみるといかに高い下駄をはいていることか)。
 作者は黒人女性で社会運動に参加した経験を持つ。本作が第1作。書きなれていないのか前半は語り手の家政婦の心情と過去の差別体験を詰め込みすぎ、仕事先の家族の様相がはっきりしない。後半になるとようやくエンタメらしいスピードとテンポの良い会話がでてきて読みやすくなる。一作のなかで作家の成長がよく見えた。さまざまな新人賞を受賞したのも当然。このあと4つの長編を書いたが、邦訳は第二作の「ゆがんだ浜辺」だけのようだ。2020年78歳で死去。

 


アメリカ社会の多様性と不寛容を描くのに、探偵小説やハードボイルドという形式は都合がいいらしい。探偵は仕事をたてにさまざまなエスニック集団にはいって行けるのだ。あるマイノリティ集団がマジョリティの探偵に示す警戒と不信のありかたが、社会の複雑さを示す。そこを縦横無尽に行き来する探偵の後を追うことで、異なるエスニックとの関係を想像できる。)
<参考エントリー> 日系アメリカ人の探偵稼業。
デイル・フルタニ「ミステリー・クラブ事件簿」(集英社文庫)
(この国で差別をエンタメにするなら、突然ルーツがマイノリティであることを知らされた日本人が集住地区の探偵事務所を引き継ぐことになり、マイノリティの事件を専門に扱うというのを思いついた。ヘイトデモ、極右の嫌がらせ、技能実習生、ビザ切れ、就職や居住の差別、子供が受ける差別、自治体による差別など扱える問題はたくさんある。だれか書かないかなあ。)