odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジェイムズ・ヤッフェ「ママは何でも知っている」(ハヤカワ文庫)

 安楽椅子探偵の古典。刑事になったジェイムズが週末にママの家に行く。ママの手料理を賞味するのが目的だが、ママは息子の仕事を聞きたがる。話を聞いていくつか質問すると、ママは難事件を見事に解決する。15年間にわずか8編がかかれただけだが、80年代にいくつかの長編が書かれた(創元推理文庫で翻訳あり)。
 のちに都築道夫が退職刑事のシリーズを書くときに、念頭に置いた作品がこれ。

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ママは何でも知っている (Mom Knows Best)1952 ・・・ ホテルでブロンドの若い娘(レビューに出るのが夢)が殺された。そこを根城に仕事を探すので、長逗留していたのだ。3人の男が入れ替わり部屋を訪ねて、最後の男が死体を発見。娘が口紅をしていたか、テレビに何が映っていたかでママは犯人を当てる。1952年はアメリカのテレビの黎明期。格闘技、特にプロレスは毎日ゴールデンタイムに放送されていた(「ルー・テーズ自伝」)

ママは賭ける (Mom Makes a Bet)1953 ・・・ 有名レストランに演劇プロデューサーと外科医の義父がやってきた。プロデューサーはこの店の老ウェイターをいじめるが好き。今日も「スープに塩を入れるな」と念を押し、店主に味見させたうえで一口すすると、青酸カリが入っていた。厨房にネズミ捕り用の青酸カリがあって、それが使われたらしい。ママはプロデューサーがスープのあとに頼んだ料理を聞いて、犯人を当てる。青酸カリが台所に転がっていたのは時代のせい。

ママの春 (Mom in the Spring)1954 ・・・ 若い金回りのよさそうな夫婦が、叔母が結婚詐欺にあいそうだと警察に行ってきた。その翌日、一人暮らしの叔母が絞殺されているのを夫婦が見つけた。手元には詐欺師の手紙と写真が残されている。別名の詐欺師はすぐに捕まったのだが。ママは封筒の所在と手紙にアンダーラインが弾かれているかを質問して、犯人をあてる。ジェイムズとシャーリイによるママ(このとき52歳)の再婚お見合いが進行中。

ママが泣いた (Mom Sheds a Tear)1954 ・・・ 飛行機パイロットの父(朝鮮戦争で死亡)のあと、5歳のケネスは叔父ネルソンに反発し、次に崇拝する。ケネスは父の遺品を盗み出し、ある昼、ネルソンが4回から転落死したときケネスは顔をまっさおにしていた。ケネスが殺人犯?と思ったとき、ママはケネスが読んでいた本と当日の天気を質問して、犯人をあてる。

ママは祈る (Mom Makes a Wish)1955 ・・・ プトナム教授は妻を亡くしてから酒浸りに。毎月と木に酒を飲みに行くが、気がかりは娘ジェーンが学部長ダックワースの息子と婚約したこと。この学部長は有名な禁酒主義者で、教授を首にした男だ。その学部長がウィスキーの瓶で殴り殺された。教授の仕業と思われたが、彼は自白を拒む。ママは保釈後の食事と「風と共に去りぬ」の映画がかかっていないかを質問して、犯人をあてる。

ママ、アリアを唄う (Mom Sings an Aria)1966 ・・・ メトロポリタン・オペラの立ち見の常連である、マリア・カラスのファンとレナータ・テバルディのファン(いずれも老人)はいつも口喧嘩をしている。今日はテバルディが今シーズン唯一の「トスカ」をうたう日。テバルディファンの買ってきたコーヒーを飲んだ風邪気味のカラスファンが数時間後、トスカのアリアが始まる頃に、毒が回って殺された。ママは死んだファンのポケットに封筒がないかを質問して、犯人をあてる。
(クラオタたる自分はここでうんちくを語ろう。カラスファンとテバルディファンが喧々諤々の議論をしたというのは事実。このシーズンでカラスは「椿姫」を、テバルディは「トスカ」をうたったことになっているが、この演目は二人とも得意にしていて、録音も残っている。
 テバルティは1956年にメトで「トスカ」を歌っていて、録音が残されている。

www.hmv.co.jp

 同じ1956年にカラスはメトで「ノルマ」「ランメルムールのルチア」「オテロ」「仮面舞踏会」などを歌い(すごい演目ばかり!)、11月15日にメトで初めて「トスカ」を歌ったとのこと。

www.yomitime.com

 カラスは1958年にメトの支配人と喧嘩して契約破棄してからメトロポリタン・オペラで歌ったことはないし、1966年以降カラスはセミリタイア状態にあるから、発表当時の話ではない。)

ママと呪いのミンクコート (Mom and the Haunted Mink)1967 ・・・ 長年の夢かなってミンクコートを購入してもらった老婦人。前の持ち主の怨念がたたっているとかで怪異が起きるのを気にしている。ついに売却する決心をしたら、ミンクのコートで絞殺されているのが見つかった。ママは老婦人が人の名前を覚えられないたちではないの?と質問して、犯人をあてる。

ママは憶えている (Mom Remembers)1968 ・・・ プエルトリコ出身の少年。夜ごと家をでていて、親父に怒られている。深夜タクシーが強盗に襲われ、被害者は少年だと証言した。少年は当夜のアリバイを決してしゃべらない。その状況は、ママの結婚式の前日、パパに起きたこととそっくりだといい、ママのママが解決した事件の話をする。そしてママはプエルトリコの少年の金回りがよくなったのかと質問して、犯人をあてる。(ちょっと脱線。冒頭にピアニストの「ヴァン・クラインバーグ」がでてくるが、これは「ヴァン・クライバーン」のこと。作者の勘違いかチェック漏れか、些細なことだけどクラオタなので気になった。)

 

 ママの住まいはブロンクスで、言葉の端々にイディッシュがあるなど、明示されていなくともユダヤ人であることがわかる。この国で読むときにはあまり意識しないように。あと、ジェイムズの妻シャーリイが茶々を入れては、ママにたしなめられる。シャーリイは大学で心理学を学び、社会科学のうんちくを語るというインテリ女性。まあ、彼女の知識は警察システムを成立するものであって、ママの微細な観察や関係者の心理洞察など民間の、生活の知に対立するものだ。男性である俺からすると、ママの言葉はたしなめというよりいじめみたいで、きつすぎる。
 さて、安楽椅子探偵の件について。以前「隅の老人」を読んだときにも、この短編集を読んだときにも、世評ほどには楽しめなかった。なるほど探偵術としては、現場を検証せず、他人の話を聞いただけで、彼らの見落としを指摘し、真の犯人をあてるというのは理想的な叡智の在り方なのだろう。でもそれを小説に書くとなると、困ることがある。すなわち、会話で報告されることによって、報告者と探偵で共有されている暗黙の事項があって、それがわからないと第三者は何が起こっているのかさっぱりわからない、見落としをするということだ。「隅の老人」では20世紀初頭のロンドンが、この「ママは何でも知っている」では1950-60年代ニューヨークのブロンクスとその住人が舞台になっていて、その場所の普通は描かれない。これは都筑道夫の「退職刑事」でも同様で、1970-80年代のこの国の地方都市が描かれる。事件の関係者の普段の生活がどうなのか、どういう習慣で暮らしているのか、どういう家電製品を使っているのか、どういう社会のマナーがあるのかは書かれない。それを書こうとすると、カー「アラビアンナイトの殺人」のように膨大なおしゃべりが必要になる。小説では、普通の探偵小説以上に描写が少なく、読者は自分の知識でそれを埋めることになる。作家はそれをたぶん読者に暗黙のうちに期待している。でも、その前提を共有していない読者には時にちんぷんかんぷんになる。ユダヤ教徒の習慣や知恵を知らないと最後の短編はわからないし、オペラファンでないと「アリアを唱う」もわからない。
 「安楽椅子探偵」というジャンルはすごく難しいし、暗黙の前提を共有する読者が少なくなると評価もかわるのではないかな(と、どの短編でも犯人あてのできなかった自分のことを棚に上げる)。

 

 

 アメリカのユダヤ人社会のありかたは土井敏邦アメリカのユダヤ人」(岩波新書)が参考になる。自助(self help)」は「貧困状態にある住民を援助すること」で、ユダヤ人集住地区には自助コミュニティがたくさんあるという。シナゴーグがあるので(作れるので)、ユダヤ人は都市に集まり、シナゴーグが信教と社交の場所になっている。当然のことながら、ユダヤ人が一枚岩であるわけではなく、さまざまな政治姿勢を持っている。親イスラエルがいれば、パレスチナ共存を目指すひともいるし、イスラエルを否定する反シオニストもいれば、同化するひともいる。多様なのは、日本の「在日」と同じ。

   
2019/4/26 福岡安則「在日韓国・朝鮮人」(中公新書) 1993年