odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

アレクサンドル・デュマ「仮面の男」(角川文庫) ダルタニャン物語の最後。19世紀のソープオペラ的な描写は冗長すぎた。

 ボアゴベ-黒岩涙香の「鉄仮面」を読んだので、その勢いでデュマの「鉄仮面」を読む。面食らったのは「三銃士」のダルタニャンが出てくること。あとがきによると、「三銃士(1844)」の続編の「二十年後(1845)」のさらに続編「ブラジュロンヌ子爵(1848)」がある。「ブラジュロンヌ子爵」の後半を1943-44年に訳出して、「鉄仮面」のタイトルをつけた(出版は1954年)。1968年の改版時に「仮面の男」に改題した。そうだったんですかあ。

 若きダルタニャンはルイ13世に使え、従者アラミス、アトス、ポルトスとともに王権を強化するために奮闘したと見える(「三銃士」「二十年後」は未読)。たぐいまれな英雄的活躍は王の目に留まり、ダルタニャンは銃士長の栄誉を受ける。他の三人もそれぞれに重用され、修道院長や貴族になるなど出世を遂げた。それから幾星霜。ルイ13世は身まかり、若きルイ14世が即位したが、老年に達したダルタニャンはわがまま勝手で激情的で若いルイ14世にどうしても距離をおいてしまう。ルイ14世もこの英雄を前にすると、癇癪をおこしてしまう。まこと英雄は並び立たず。
 そして二つの事件が起きる。まず、修道院長のアラミスはルイ14世の双子の弟フィリップが要塞に終身刑にあるのを知る。彼の心が正義にあることを知り、偏狭なルイの代わりになることが王権には大事と決意する。アラミスは首尾よくフィリップを要塞から脱出させ、パリの王宮に向かわせた。しかし宰相フーケとダルタニャンに見抜かれ失敗する。アラミスと協力したポルトスはフランス追放に至る。その警備にあったのはダルタニャン。ルイは銃士隊のライバルである近衛隊に銘じてアラミスらを襲撃させる。途中、ポルトスは洞窟の中の戦闘で死ぬ。
 それとは別に、アトスは息子ラウールの件で悩む。ラウールの許嫁がルイ14世の眼にかない、横取りされてしまったのだ。アトスはルイに頼み込むが、自分の思い通りにならねば不機嫌であるルイが首を縦に振るわけもない。アトスは隠居。ラウールは戦場に志願し、自殺とも思える悲劇的な戦死を遂げる。アトスはその報を聞いて失意のうちに衰弱死。数年後、ルイの目障りになったダルタニャンもイギリスとの戦いの最中に戦死する。
 文庫版580ページ。とても冗長。筋にはあまり関係のない誰かに会うと、数ページの会話になる。中世から近世の修辞のおおい挨拶であり、長さのわりに情報が少ない。ようやく終わっても、また別の人物が来て同じような会話になる。一方アクションは1ページほどであっけなく終わる。19世紀のソープオペラ的な描写は今の読者には読書の感興をそいでしまう。せっかくフィリップの脱獄と王位簒奪という物語を作っても、ルイとフィリップが対面したところでドラマは終了。もう少しフィリップを活躍させてほしいものだ。
 そのうえ、登場人物たちは王や上司との従属関係に縛られ、王や上司のくだす判断の誤りにも意見は上伸するが、結局は唯々諾々としたがう。そういう封建時代の慣習やモラルが前提にあるので、どうにも感情移入できない。
 というわけで、「鉄仮面」伝説を使いながらもドラマは腰砕け。ラウールとルイの三角関係も盛り上がらない。せいぜいアラミスとポルトスが追い詰められて、洞窟の中二人が数十人と戦うシーンくらいしか見せ場がない。
 あれほど「モンテ・クリスト伯」が面白かったのに、この作の低調さはなぜだ。前者が19世紀に勃興するブルジョアや資本主義を背景にして新しい近代人の描写に成功しているのに、こちらは17世紀半ばを舞台にした時代劇なので古い慣習やモラルに縛られているところ。「三銃士」にあったと思われる王に敵対するライバルを蹴散らす爽快さと単純な勧善懲悪がないのが致命的。ダルタニャンも三銃士も絶対王政が確立した安定期にはもはや居場所がないのだ。さほどに時代劇でも神話でも、冒険を終えた英雄はどう生きるか死ぬかは難しい。


 レオナルド・ディカプリオ主演の映画「仮面の男」1998年を見た。原作はこの「仮面の男」部分。ラウルのエピソードは割愛。仮面の男を救出して王に立てようとする陰謀はアラミスが主導するのはそのままで、ダルタニャンと三銃士が協力するところから原作から離れる。宰相フーケは存在感がなく、ルイとフィリップの対比を目立たせ、原作ではあまり目立たないダルタニャンがこの陰謀にかかわる重大な理由を追加する。このあたりの変更と圧縮は原作よりもわかりやすそう。そのかわり原作では傍観者のダルタニャンを陰謀に加わらせたことで、史実から離れてしまった。
 17世紀末にしては町や衣装や身体が清潔すぎるとか、宮廷オーケストラの演奏が雑とか、若者に翻弄される老人という原作のテーマがなくなったとかで、あまりいい印象は残らなかった。ディカプリオの一人二役が記憶に残るくらい。

<参考>

odd-hatch.hatenablog.jp