odd_hatchの読書ノート

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ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-3 パルチヴァールは聖杯城に入城するが、クンドリーもクンリグゾルも関係なかった

2023/06/05 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-2 ワーグナー版「パルジファル」と同じ話かと思ったら全然違った 1210年の続き


 パルチヴァールが放浪の旅を続けているとき、ガーヴァーンが魔術師クリンショルの作った魔法の城にいくことになった。クリンショルは不倫が見つかって性器を切り取られ去勢されたのである。以来、去勢された恥辱を晴らすために騎士や貴婦人を誘拐しては城に拉致していた。ガーヴァーンは城内で3つの試練に耐え、クリンショルを敗北させる。クリンショルは城をガーヴァーンに譲る(ワーグナー版では、魔術師クリングゾルは聖杯守護の騎士に入れなかった腹いせが魔法の城を作る理由であり、クンドリーを手下にしていた。パルジファルによってクリングゾルは退治される)。
 パルチヴァールは4年半の放浪のあと、異母兄フェイレフィースに会い、決闘することになる。パルチヴァールが圧倒され槍を失ったとき、それぞれが名乗りを上げて、兄弟であることがわかる。そこにアルトゥール王やガーヴァーンらが来て円卓を久しぶりに行うことになる。魔術師クンドリーエが登場。以前パルチヴァールを罵ったことを謝罪し、聖杯王に選ばれたことを伝えた。聖杯城に行くことになったが、同行できるのは一人だけ。異母兄フェイレフィースを指名し、クンドリーエの案内で聖杯城を訪れる。恩寵にあずかれない聖杯守護の騎士と一触即発になるが、クンドリーエの説明で事なきを得る。アンフォルタスは憔悴しきっていたが(彼のもうひとつの罪はオルゲネーゼ:今はガーヴァーンの妻との道ならぬミンネ)、パルチヴァールは「叔父上、どこがお痛みですか」と正しい問いを発した。アンフォルタスの傷は癒され、パルチヴァールは聖杯城の新しい城主になった。妻と二人の子(ロヘラングリーンとカルディス)と5年ぶりに再会する。
ワーグナー版では第3幕にあたるところだが、エッシェンバハの記述はほとんど影も形もない。グルネマンツもクンドリーもパルジファルもまったく別人のよう。)
 ここで重要な情報が語られる。

「(黒人と白人の混血である異教徒のフェイレフィースが洗礼を受けた)そのとき聖杯に文字が読まれた。神により他の国々のあるじと定められた聖杯の騎士は、他人に自分の名前や素姓を尋ねさせないことを条件に、その国の人々の権利の実現に力を貸してやるようにと、記されてあった。もしこの問いがなされると、人々はその騎士の助けを受けることができなくなるのだ。というのは、美しいアンフォルタスが長い間苦しみ、それを助ける問いかけがアンフォルタスになされなかったので、問うということは聖杯の騎士たちには永久に苦痛となったからだ。それゆえ聖杯守護の騎士たちは自分のことについて問われるのを好まないのだ。(P436)」

 名前を隠すことを条件に、「その国の人々の権利の実現に力を貸してやる」冒険は、パルチヴァールの子であるロヘラングリーンが行うことになる。エッシェンバハ版では、女性が統治している国ブラーバンドに騎士が赴き、統治者となったが、のちに騎士は去ったとだけ語られる。国の危機、魔術師たちの暗躍などのモチーフはない。ワーグナーはこの短い記述から、よく歌劇のスクリプトを作ったものだ(ワーグナーが加えたものは、彼の時代のプロシャやバイエルンの危機状況そのものなのであり、女性統治のモチーフを消して女性の自己犠牲を追加したのだと得心)。

 ワーグナー版との違いに注目したので、ここではガーヴァーンの冒険は割愛。物語は、騎士が放浪する-なにかのきっかけで決闘する-勝者が歓待される-貴婦人のミンネに授かる-旅に出るの繰り返し。この単調さにはへこたれそう。そのうえ、登場人物の父や母、兄弟姉妹の情報が次々と加わり、人間関係のふくざつさといったら果てしがない。本書には主要登場人物の家系図が載っているが、本書の記述からよくも掘り起こしたものだと感嘆せざるを得ない。(解説を読んだら、アルトゥール王の一族と異教徒の一族の系譜をパルチヴァールが合一するという物語でもあるとのこと。キリスト教の教義と異教徒の倫理が聖杯を中心にして統合した、という。)
 しかし驚いたのは、パルチヴァールとガーヴァーンの二人の主人公が離れたりくっついたりを繰り返して、聖杯城に至るという物語の構成が破綻していないこと。冒頭で登場した妻や異母兄、魔術師などが長い物語の果てに再登場して葛藤の末和解するという別の物語も組み込まれていること。中世や古代の物語を読むと、謎やいさかいはその場で解決するものだが、本書はもっと長いスパンで物語をつくった。この技術は近世のものだ(ほぼ同時代のダンテ「神曲」よりも構成が複雑。と比較すべきでないものを持ち出してしまった)。なるほど、中世ドイツの物語の最高峰であると言われる理由がよくわかる。
 とはいえ、翻訳すると原稿用紙1500枚は優に超えそうな長さと単調な記述は素人にはへこたれる。自分はワーグナー版の「パルジファル」に惹かれていたから読み通せたが、そういう関心を持たない人にはきつそう。

 

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2023/06/02 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-4 パルチヴァールの犯した罪は3つ。ワーグナー版から予想もつかない。 1210年に続く