odd_hatchの読書ノート

エントリーは2200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。

ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-1

 例によって書誌はややこしい。15世紀半ば1469年にトーマス・マロリーという騎士であり罪人が1年で「アーサー王の死」のフランス語版などを参照して書いた。それを同世代のウィリアム・キャクストンが編纂して出版した。どうやら別の版をみると、だれか一人の手で編集された一つの物語ではなく、8つの独立したロマンスであるらしい。まあ、その種の書誌学はわきにおいておく。

 さて、この「アーサー王の死」は文庫版で450ページもある大著だが、実は下記★印をつけたところだけが訳出されている。全部を翻訳すると500ページ×3冊にもなるだろう。
★第1巻 アーサー王の誕生と即位
 第2巻 騎士バラン
 第3巻 アーサー王とグウィネヴィア王妃の結婚、その他
 第4巻 マーリンうつつをぬかす、アーサー王が挑まれた戦
★第5巻 ローマ皇帝ルーシヤスを征服
 第6巻 ラーンスロット卿とライオネル卿
 第7巻 ガレス卿
 第8巻 トリストラム卿の誕生及び業績
 第9巻 ケイ卿、ラ・コート・マル・タイエ卿、トリストラム卿
 第10巻 トリストラム卿の冒険
★第11巻 ラーンスロット卿とガラハッド卿
★第12巻 ラーンスロット卿の狂気
 第13巻 ガラハッド卿のアーサー王宮廷訪問、聖杯探索開始のいきさつ
 第14巻 聖杯探索
 第15巻 ラーンスロット卿
 第16巻 ボールス卿とライオネル卿
 第17巻 聖杯について
★第18巻 ラーンスロット卿と王妃
★第19巻 グウィネヴィア王妃とラーンスロット卿
★第20巻 最後の戦い
★第21巻 アーサー王の死
 とはいえ、自分はドイツ民衆本「トリストラントとイザルデ」で8から10巻と、フランス古典「聖杯の探索」で13から17巻を読んでいる。文庫版「アーサー王の死」にこれらを加えれば、「アーサー王の死」の全体を鳥瞰することができるだろう。
 で、この本の主人公は、アーサー王ランスロットアーサー王妃グウィネヴィア。彼らの三角関係をみることになる。
 第1巻はアーサー王の誕生。岩に突き刺された剣を抜ける王者こそイングランドを征服するという予言があって、それに成功したのが若いアーサー少年。この聖痕によって、彼は数々の武勲を立て、イングランドを円卓の騎士とともに征服する。第5巻にはなんとローマ皇帝から貢物の要求があり、それを拒否して、大陸に遠征し、イタリア南部で大戦争のすえ勝利する。この時にはフランスから南ドイツまでがアーサー王に帰順しているという次第。歴史上の事実と整合しない?そんなことは関係ないのよ。
 第11から12巻では湖の騎士ランスロットの冒険。この高貴な騎士はアーサー王妃グウィネヴィアを慕っていたが、いくたの策略によって同床することがついにできない。代わりにペレス王の娘エレインと同衾して息子ガラハッドを設ける(彼が聖杯探求に成功することは「聖杯の探求」にあるとおり)。さて、冒険のすえアーサー王の城に戻ったとき、ランスロットアーサー王妃グウィネヴィアの誘いを受けるが、エレインの策略でまたしてもエレインと同床する。翌朝、アーサー王妃グウィネヴィアになじられたランスロットは狂気にとらわれ、それから3年ほどを放浪する。結局、パーシヴァルに発見され、ペレス王のもとに返されたのち、聖杯のおかげで正気を取り戻す。この2章のロマンスは「聖杯の探求」のロマンスと別に書かれたのだろう。すでにみたように、聖杯の探求ではランスロは聖杯から徹底的に排除されるからね。
 物語の大半は、騎士の戦いに、国家間の戦争、野蛮族の侵略阻止、怪物退治などの戦い。これは騎士馬上試合の延長で書かれているので、一対一の決闘ばかり。騎士集団とか歩兵がいても彼らの組織戦闘は書かれない。イングランドにはいくたの小王国が分立しているらしい(アーサー王はそれらの王を束ねるキング・オブ・キングスというわけだ)。物語ではこれらの小王国の位置関係が書かれない(俺が知らないだけかな)。それはフランスやイタリア侵攻の場合も一緒で、地政学的な描写はない。魔術師マーリンのような戦略家、参謀はいても、兵站の担当者はいないし、まして統治の役人もいなければ、文章を書くインテリもいない。人物描写も類型的。心理の細かい綾などどこにも描かれない。まあ、要するに、中世文学というくくりを世界的に無理やり広げた時、「平家物語」「三国志演義」「アラビアンナイト」「マハーバーラタ」(後者二書は未読、失礼)あたりからすると、どうにも物足りない。物語の奥行きがないので、読む快楽が少ないのだよな。

2013/12/12 ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-2