2023/06/03 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-3 パルチヴァールは聖杯城に入城するが、クンドリーもクンリグゾルも関係なかった 1210年の続き
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハの生涯は詳しいことはわからないらしい。とりあえず1170年ころ生まれで1220年ころ死んだと推測されている。「パルチヴァール Parcival」のほか「ヴィレハルム」「ティトゥレル(断片)」を書いたことが分かっている。それまではラテン語で書かれていたのだが、このころから自国語で書く文学運動があり、エッシェンバハは自国語で書く重要な詩人であった(ダンテの「神曲」が書かれたのは1300-1320年とされる)。同時代では低い評価だったが、近代以降では重要詩人になったという(研究書の数はゲーテに次ぐらしい)。ひねった表現、否定表現など独特な言葉使いなので、解釈が大変なのだそうだ。
「パルチヴァール」はアーサー王物語に関係したものだが、最古のアーサー王物語は1135年ころ書かれたとされる。聖杯探索の物語としては、フランスのクレチマン・ド・トロワ「ペルスヴァル Perceval」が1182年に書かれた。他にも多数あり、エッシェンバハは参照したらしい。というか、「パルチヴァール」は別の詩人キオートが書いたもの(人も作品も確認できていない)をエッシェンバハが再話したものだとされる。中世の物語は作者は自分のオリジナルだと言わないのが通例。本書では16巻に分かれているが、これは後世の人が便宜的に付けたものだ。
(画像左の数字が翻訳者がつけた章の番号。次が舞台になった場所。右が主役。)
聖杯物語は、少年の成長と冒険-宝の獲得というメルヘンの基本的パターンを踏襲している。そこに騎士道的愛と神の愛、世俗的世界と神の国、宮廷的優雅と穢れなき純潔などの対立・競合が加わる。本書では、聖杯の探索を行うのはパルチヴァールとガーヴァーンの二人だが、ここでも対立や競合がみられる。ガーヴァーンは登場時から完成した騎士であり、肉親を救済することが使命だった。一方、パルチヴァールは生長する騎士であり、一時は神を呪い、神を憎み、神への奉仕を拒絶したのであった(以下の3つの罪を犯したことをクンドリーエに糾弾され自覚したため)。それが冒険とメンターへの師事によって克服され、聖杯王に指名されるほどの騎士に成長したのだった。
(ただ、本書では「聖杯」「聖槍」の意味付けが複数あり、奇妙。なにしろ聖杯は聖杯城から消えたことはないし、パルチヴァールの冒険は聖杯を探索することではなく、アンフォルタスへの正しい問いかけを導くことだった。なので後の研究者は聖杯の意味をさまざまに解釈している。)
パルチヴァールの犯した罪は以下の3つ。(1)母のもとをでて、母が死に至ったこと、(2)血族であるイテール殺害、(3)アンフォルタスの苦しみを見て問いを発しなかったこと。重要なのは、これらを指摘されて神を呪い神に憎悪を抱いたことだった。解説者によると、これはカインの罪のくりかえしであり、当時の神学と関係しているとのこと。
これらから「パルチヴァール」の構造は次のようになる。
「バルチヴァール」の歴史も、キリスト教以前の異教徒の世界––パルチヴァールの活躍するキリスト教の世界––そして異教徒のキリスト教帰依の三つの段階よりなり、これはまさに救済史のアナロジーに外ならない。またこの縮図のような形でバルチヴァール個人も救済史の三つの過程をふんでいる。汚れを知らない少年バルチヴァールの森の中の生活––騎士としての現世の罪の世界とキリスト受難の聖金曜日の体験––最後に聖杯の王国。この救済史のアナロジーに、ガハムレトとフェイレフィースの前史と後史のわく組の本当の意味があるのだろう。(P451)」
(最後の文章は、タイトルが「パルチヴァール」であるのに、ガハムレトとガーヴァーン、フェイレフィースらの騎士の冒険がなぜ挿入されているかという問いに答えるもの。)
以上、解説を自由に要約しました。中世ドイツ文学の手ごろな啓蒙書、解説書はまずないので、参考になりました。
ワーグナーの「パルジファル Parsifal」はすごい音楽だ、他の歌劇・楽劇とは違う(のちにドビュッシーもそういう感想を持っていたらしいのを知って少し安心した)と思ったのが、学生時代。そのときに背伸びして購入した本書を数十年寝かした後にようやく読む。ワーグナーの「パルジファル」の音源を集めて聞いたり(全曲版だけで50種くらい持っている)、解説書を読んだり、中世物語を読んだりしてきたのがここで役に立った。
(エッシェンバハとクレチマン・ド・トロワとワーグナーで、主人公の綴りが異なることに注意。エッシェンバハ「パルチヴァール Parcival」とクレチマン・ド・トロワ「ペルスヴァル Perceval」とワーグナー「パルジファル Parsifal」。どのような言葉の合体であるかの説明も異なる。)
〈さまざまな聖杯伝説物語〉
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)→ https://amzn.to/49VY3vr https://amzn.to/3w2QOnO
ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)→ https://amzn.to/44t8ky7
ブルフィンチ「中世騎士物語」(岩波文庫)→ https://amzn.to/44o28Hu
フランス古典「聖杯の探索」(人文書院)→ https://amzn.to/4bbJUv2
名作オペラブックス「パルジファル」(音楽之友社)→ https://amzn.to/3JHMD3Y
西洋中世史の本はここではあげない。
昔作った「死ぬまでに一度は読む本」リストに入っていたものをようやくひとつ減らせた。まだそういう本はあるので、もうすこし頑張りましょう。
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)→ https://amzn.to/4cbOryT