odd_hatchの読書ノート

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ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-2 ワーグナー版「パルジファル」と同じ話かと思ったら全然違った

2023/06/06 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-1 13世紀初頭に成立したドイツ騎士物語の最高峰 1210年の続き


 第9章「パルチヴァールとトレフリツェント」の章で、ワーグナー版ではあいまいだったことがすっかり開明する。


(画像左の数字が翻訳者がつけた章の番号。次が舞台になった場所。右が主役。)


 パルチヴァールは聖杯を求めて放浪中に、ある乙女に聖杯城の道を教えられる。途中で後を見失い、騎士から今日が聖金曜日であることを教えられ、隠者トレフリツェントを訪れるように勧める。隠者が教えたことは衝撃的。
 森の中に聖石があり毎年聖金曜日に鳩が聖餅を運んできていた(なのでワーグナー版の第3幕最後に鳩が聖杯の上を飛ぶ。王の穢れが癒され神の恩寵が再開した印)。その聖杯の秘蹟で養われる人々が守護の騎士になっていた。聖杯に人と家族の名が現れることがあり、該当する少年少女が子供の時に運ばれて騎士と乙女になる。聖杯の秘蹟にあずかるには穏やかな心を持ち、高慢がないように心がけねばならない。聖杯の騎士の数は決められていて、みだりに増やすことはできない。聖杯の騎士の王だけが秘蹟を行え、次代の王は聖杯が指名する。周囲の豪族や城で主君が失われた時、騎士や乙女は請われて王や王妃になることがあった(パルチヴァールの母ヘルツェロイデがそうした一人。ちなみにアンフォルタスの妹)。それ以外の騎士はミンネを断念しなければならない(結婚できないのであるとされるが、ワーグナー版では禁欲しなければならない。これはワーグナーの時代のモラルが要請したのだろう)。現在の王であるアンフォルタスは冒険にでて異教徒と決闘したとき、槍が睾丸に刺さり、そのまま城に帰ってきた。傲慢がそうしたのであって(ワーグナー版の魔術師クリングゾルの嫉妬やクンドリーによる誘惑は出てこない)、以来先王ティトゥレルは死ねなくなった。秘蹟も滞り、困った騎士が祈ると、聖杯に文字が現れ、「騎士が現れ正しくアンフォルタスに問えば傷は癒され、騎士が次代の王となる」との予言が伝えられた。
 最近、アンフォルタスを尋ねた騎士がいたが、問わなかったそうだと嘆息すると、パルチヴァールは「実は私」と告白する。そこで隠者はパルチヴァールに3つの罪があることを諭す。すなわち、親族であるイテールを殺害したこと(そこでゆかりのある槍を持ち出した)、母ヘルツェロイデの死の原因になったこと、傷に悩む聖杯王アンフォルタスへの問いを怠ったことである。15日間、パルチヴァールは禁欲の修行を行い、再び旅に出る。
 隠者トレフリツェントの長大な語りは、それまでのさまざまな謎(聖杯城の由来、アンフォルタスの苦悩、パルチヴァールの使命など)を一気に解決した。謎解きでは超常現象(聖杯が予言する)があることを除くと、説明は合理的・論理的だった。登場人物が秘密にしていた関係も明かされ、この長大な物語もある一族の年代譜であることがわかる。これらの特長は探偵小説の趣きがあった。あいにく探偵であるべきパルチヴァールがぼんくらで、被害者・加害者・証人の役割しか負えなかったのは残念。彼が自分の秘密を調べ上げれば、オイディプスに続く探偵の始祖のひとりに数えることができたものを。
 重要な槍がでてくる。ひとつはアンフォルタスを傷つけたもので、もうひとつはパルチヴァールが騎士から譲り受けたもの。前者はときに「ロンギヌスの槍(イエス磔刑時にローマ兵が刺したもの)」とされることがあるが、本書にはその記述はない。ワーグナー版ではこの二つは一緒にされた(もともとは聖杯城のもので、アンフォルタスが傷つけられたときにクリングゾルが盗み、のちにパルジファルが奪還)。
 ワーグナー版ではグルネマンツは聖杯城に近しい元騎士の隠者のようであるが、本書では地方の領主で、誤った指導のためにパルチヴァールを長い放浪に出させてしまった。ワーグナー版で、パルジファルがアンフォルタスへの「共感」に目覚めるのはクンドリーの接吻からだが、本書では隠者トレフリツェントによる長い語りの教え諭しであった。
 パルチヴァールの母ヘルツェロイデはアンフォルタスの妹である。隠者トレフリツェントはアンフォルタスの弟である。パルチヴァールが殺害した騎士イテールはアルトゥール王の弟である。これに最初のパルチヴァールの師となったグルネマンツが同世代人で、パルチヴァールの父の世代にあたる。ティトゥレルはそのもう人世代上で、パルチヴァールの祖父の世代にあたる。父の世代のしでかしをパルチヴァールの世代が「救済」するはめになるのはどうも納得しがたいと、21世紀の読者は思う。とはいえ、12~13世紀の時間の流れは現代とはとても違っていて、共同体も技術も物価も一世紀を通じてほぼ変わらないのであれば、騎士のアヴァンチュールが人の心を動かしたのであろう。

 

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2023/06/03 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-3 パルチヴァールは聖杯城に入城するが、クンドリーもクンリグゾルも関係なかった 1210年に続く