odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

フィリップ・K・ディック「銀河の壺直し」(サンリオSF文庫)

 PKD本人は「やっつけ仕事だよ」「書きすすめながら、先がどうなるか、まるでわからなかった」というのだが(「ザップ・ガン(P366)」所収のインタビュー)、どうしてどうして、読みやすい。テーマもはっきり。この小説を気に入ってくれたという人もいたとPKDは思い出すのだが(ル・グィンもその一人とのこと)、よくわかる。自分は気に入った。

 人口の増えすぎた地球では、職業についていても仕事が来ない。部屋でふて寝もできないので、仕事場に行き、クイズをだしあって遊ぶしかない。そういう生活に疲れ、自己破壊衝動、自己不信、無への願望などをもっている壺直しジョー・ファーンライトに思いがけない情報が届く。シリウス5の惑星に沈んでいる大聖堂ヘルズコーラを引き上げる仕事をしないかという。破格の条件に魅かれて、ジョーはその話にのった。他にも35人がスカウト、40種の知的生物が引き揚げ作業のためにスカウトされていた。
 そのシリウス5。5万トンもあるグリマング(ジュブナイルの「ニックとグリマング」に登場)が「支配」。スカウトされた連中はその地でカレンドの書を購入する。それは複数の言語で書かれ、常に内容は変化し、それを読んでいるものや周囲にいるものの過去・現在・未来が書かれているのだった。そこにはこのプロジェクトは失敗するだろうと書かれている。スカウトされメンバーは疑心暗鬼に。そのうえジョーの手にした書には、ジョーが湖で発見したものがグリマングを殺す原因になると示している。グリマングの制止の忠告にもかかわらず、ジョーは湖に潜り、大聖堂と美しい壺を発見。表面に現れたメッセージではグリマングと大聖堂が二つ在ると告げる。ジョーの身勝手な活動のために、グリマングは湖に入り、死亡したと思われる。全員星を脱出しようとするなか、グリマングのメッセージがあり、紆余曲折があって、ふたたび大聖堂の引き上げにとりかかる。それは成功するか・・・。
 地球で暇を持て余し、離婚した先妻の支配欲に押しつぶされ、自己破壊衝動にとらわれるジョーは地球を脱出する。途中、異星の美女マリ・ヨハスとであい、強い自己主張をしながら、彼を頼るマリと衝突と依存を行き来する。この二人の恋の物語も同時進行。
 小説はジョーの三人称一視点で書かれ、ほかの人物の物語が入らないので、とても分かりやすい(こういう書き方は過去にはなかった)。主人公のトリップシーンもないし、神学議論もない。
 そのかわりメタファーがたくさん。とてもではないが読み取り切れない。
・壺。たしか「高い城の男」で重要な小道具になったはずで、ほかにも壺はPKDの小説にたくさんでてくる。世界の核心であったり、メッセージの伝達役であったり。たしか1990年代頭にはPKDの壺に関する論文が出ていたはず。
・カレンドの書。読むたびに内容が変わり、未来の行動とその行く末が書かれている。読むことが自分の選択を狭め、それがさらにカレンドの書の記載を正確なものにするという循環、自縄自縛が起こる。
・グリマング。巨大生物。他の知的生物を発話によらないで会話ができ、彼らを取り込んで、自分の力にする。スカウトした異能の知的生物の一つ上のレベルにいながら、生物のひとつであるという存在。そのうえ、湖のそこには「ブラック・グリマング」という彼と対の存在がいて、生死を書けた長い闘争をしている。超越者というのは生物の限界を示し、生物というのは異能があり過ぎるという厄介な存在。
・大聖堂ヘルズコーラ。シリウス5の以前の支配種族<霧の一族>の建立したものらしい。湖のそこにはもう一つの黒の大聖堂があるとか、古い種族クエストレルがグリマングの計画を阻止しようとするとか、意図不明、存在目的の不明な建物。そのうえ、グリマングが引き上げに成功したとき雄の姿になって(グリマングは雌になる)、さらに胎児の姿になる。黒の大聖堂、大聖堂、グリマングの三位が一体になる。
・スカウトされた生物はみな孤独で自己破壊衝動をもつもの。それぞれエゴイスティックで共同行動がとれず、グリマングの依頼には積極的には応えない。しかし大聖堂の引き上げに成功したあと、ジョーともう一人を除いて、グリマングとの融合を続ける。「自由になって失敗するのが怖い」という連中(下の話を先取りすると、ワーグナーパルジファル」の聖杯守護の騎士と同じ行動をとる)。
・ロボット「ウィリス」。自分の名を呼んで命令しないと働かない融通の利かないロボット。ギャグを一手に引き受ける役回りだが、とてもペシミスティック。行動しないようにという忠告ばかりし、自分の安全を人間の安全よりも優先する。人間らしいが、人間らしくない機械。
・メッセージは通常の手段では届かない。私信、トイレに浮かんだカプセル、テレパシー、ガラス瓶に詰めた手紙、壺の破片に浮かび上がるメッセージ、読むたびに内容の変わる書物。うっかりすると見逃してしまうようなものに、重要な情報が込められている。気付かない人んは届かないし、伝達するものによっては周囲は受け入れない。
 ほかにもありそう。
 珍しいのは、ジョーの最後の選択。これまでのPKDの小説の主人公は、自尊心の回復よりも女性との和解や恋愛を優先するものだったが、ジョーは自立を望む。ジョーの役回りは、豊饒さを失ったシリウス5を救うために奮闘するグリマングの騎士のひとりとなって、聖杯たる大聖堂ヘルズコートを回収する冒険を行うこと。それは傷ついた王グリマングを復活させることになったが、本人自身は救済されていない。ワーグナーの「パルジファル」のタイトルロールと同じ(この「救済される救済者」というモチーフはPKDの小説に通底する)。そのうえ、相思相愛に見えたマリとの関係を清算し、孤独に歩むことを選択。その先にあるのは、地球にいたときの退屈と怠惰と自己処罰の日々。
 そこに手を貸すのは、彼と一緒にグリマングとの融合を断った多足腹足生物(ムカデやヤスデの仲間)のアドバイス

「グリマングの野心が実現した例に見習うんです。(略)グリマングは目的達成のためにカレンドの書と戦い、粉砕しました。そうして運命そのものを支配する君主になりました。創造するのです。運命に立ち向かうんです。やってみるんです(P257)」。

 この一言が自身喪失のジョーの背中を押す。それも壺直しという依頼されて動く受け身の職人であったところから、創作するクリエーターに変わる。ジョーは自分を職人と規定し、他人の欲望がないと動けなかったのが、グリマングやマリに反発したり勝手なことをし、グリマングの巨大プロジェクトを達成する最大の功労者となる。この小説に書かれた彼のアクションが行動療法となって、分裂や混乱した意識を統一し、創作者に自分を変貌させたわけだ。このような明るさはめったに見られない。
 「PKDは書簡の中で、出版社が1968年3月半ばに原稿を受理したことを示唆している。1969年刊行」とのこと(ポール・ウィリアムズ編「フィリップ・K・ディックの世界」ペヨトル工房
 上にも書いたけど、「銀河の壺直し」はジュブナイルの「ニックとグリマング」と似ているストーリー。小道具も同じ。グリマングの扱いが違うくらい。合わせて読んでみてください、ってどっちも入手難になっているか。)
 サンリオSF文庫の解説は巽孝之で、とても長文。四半世紀前に読んだときにたぶんこのようなメタファーに注目していたと思う。この感想を書き終えるまで読み返さないつもり。あとで読んで自分の読み取り不足に恥じ入ろう。
 追記:読んだ。見落としていたのは、翻訳や意味のずらし。地球にいたジョーは仲間と小説のタイトル当てゲームをする。コンピューターにタイトルを日本語訳させ、さらに英訳する。ずれた言葉から元のタイトルを当てるというもの。また途中にはゲーテファウスト」の一部、灌漑施設の破壊と再建の話が引用されて、大聖堂の引き上げになぞらえる。このような言葉の改変、変容というテーマも小説内に仕組まれていた。なるほど。

フィリップ・K・ディック「銀河の壺直し」(新訳版)→ https://amzn.to/49T4WOy