odd_hatchの読書ノート

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ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 中」(岩波文庫)第4巻 手違いで父が最も嫌った名前が乳児につけられてしまう。

2023/11/16 ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 上」(岩波文庫)第3巻 産婆が腰を抜かし藪医者がトリストラムの鼻をつぶしてしまう 1761年の続き

 

第4巻。愛息子の鼻がつぶれたので父は動転、卒倒寸前。そのために記述の気もそぞろ。したがって、冒頭は、第3巻に登場した鼻の学説を称えた人である「スラウケンベルギウスの物語」(こういうところは律儀)。名前をつけなければならないが、父がふさわしいと思った名前は最も嫌いな名前に極似していた。自分はふらふらで牧師に会えないので、女中に伝言を頼んだら、最初の三文字しかも覚えられず、ふんふんと頷いた牧師は通俗的な最も嫌いな名前にしてしまった。わずか数時間のできごとを3巻にわけて詳述するスターンの脱線術を堪能。そのために、白紙ページをいれたり、虚構の人物に会話させたり、細かいことを極めて精密に書いたりと、20世紀半ばになって作られた技法を200年前に開拓していたことに仰天させられる。

スラウケンベルギウスの物語 いつとは知らぬ昔、シュトラスブルグの町に大きな鼻の男がやってきた。一晩泊ってフランクフルトに向かったが、町の人々は大混乱。あんな鼻があるのか人造だろう云々と喧々諤々。ついには神学者にも飛び火し、マーティン・ルーター(ママ)は占星術では地獄に行ったが、神学ではどう解釈するかと論争が始まる。そして三角関係の男女はシュトラスブルグを出奔し、フランス軍に町を開けたのである。あれ、鼻の大きな男はどうなったの?
第1章 父はこういう鼻の話を集めてまして、次の話は三角関係から出奔した男女がどうなったかについてで・・・
第2章 気絶していた父がようやく目が覚めて・・
第3章 不幸であわれなにんげんがこれほど痛い目にあわされたたことがあったかと問うと、トウビーはそれこそマケイの連隊にいたある榔弾兵ですと答え、父をびっくりさせ・・・
第4章 それはトリム伍長の兄であって、感極まったトウビーはトリムに遺産を寄贈するといい、父も年金をだそうといい・・・
第5章 「大体今は、父は胸の中で考えました、年金だの榔弾兵だのの話を持ち出すにふさわしい時なのだろうか?」(そりゃそうだ)
第6章 父は立ち上がって、トウビーに話をすることにした・・・
第7章 「父はたちまち今までの姿勢を、あの、ラファエルがみごとに描き出しているアテネの道場で道を説くソクラテスの姿勢にとりかえました。」
第8章 この上ない大災難があの子を見舞った今、「弟よ、あの子にはトリスメジスタスという名をつけることにする。」
第9章 父はトウビーに不幸はどのくらいの偶然で訪れるか計算してみよという(その間、トウビーが振り回した松葉杖が父の脛をひっぱたくギャグが挿入)・・・
第10章 私は「万事を規則やぶりでやってのける人間ですから」、ここは「章についての章」です
第11章 8章からずっと階段を上っているが、父がいうには「トリスメジスタス」はよい名前
第12章 看護婦に尋ねると、母は元気だが、子供のほうは返事がない。父とトウビーは女全般のことを考える。
第13章 私がこの著作を書き始めて1年たったが、物語はまだ誕生1日を終えていない。この調子でいくと365日に達するのはいつのことか。何しろ書くほどに書くことが増えていくのだから・・・
第14章 牧師が子供の名前を教えてほしい(洗礼のため)ので、看護婦が父に尋ねた。父は着替えが必要なので、看護婦に「トリスメジスタス」と伝えたが、途中で忘れてしまって、トリストラムジスタスという。副牧師はトリストラムだ!と決めつけ、その名前になった。
第15章 眠りについて。(前の章の後、父は眠ってしまった)
第16章 翌朝。母はトリストラムという名前が付けられたのを知ってヒステリーを起こすわ、父は静かに絶望するわ、トウビーはトリム伍長を呼びに行かせるわ、看護婦はパニックになるわ・・・(鼻のトラブルに続いて命名のトラブル)
第17章 悲痛がきわまるとなにをしでかすかわからないものですが、父は取り乱すことなく養魚池に向かったのでした・・・
第18章 叔父トウビーとトリム伍長は、トリストラムとトリスメジスタスに大きな違いないよなあ、名前の良し悪しと言行の良し悪しは別だよねえ、などと雑談していて・・・
第19章 養魚池から戻ってきた父はトウビーとトリム伍長の前に座り・・・
父の悲嘆 生まれる前から災難にあい、生まれたときから災難にあうとは、ああ(トウビーはそれほどのことじゃないでしょ、と冷静)。
第20章 私の話はどうです、うまく馬をのりこなしているでしょ・・・
第21章 フランス国王フランソア1世の御代のこと、スイスを協調関係を強化しようと思って、王の子の名付け親になってほしいと依頼。フランス人の好む名をだしてきたかと思えば、スイス風の名前を提案してきた。国王、スイスとの開戦を決意・・・
第22章 私がこんな話をするのは、読者の横隔膜の運動を促進して、憂鬱の気を腸に流れるようにしようという魂胆からですので・・・
第23章 ヨリック牧師に相談すると、名前の取り換えがきくかどうか尋ねるのがよろしかろう・・

第24章 (白紙)



第25章 前の章は父とトウビー、ヨリック牧師が別の馬車に乗って急ぐシーン。そこで父とトウビーの間で交わされた議論を書いたものだが、他の章と調子が会わないので削除することにしたので・・・
第26章 ヨリック牧師は説教の原稿がうまくできないことに癇癪を起し、「説教などよりもむしろきわめて短い寸鉄的な言葉を、じかに相手の心臓を的に直射的にぶつけて・・」と言ったら、トウビーが「的に直射」に反応しようとしたところ・・・
第27章 フュータトーリァス(誰それ?と思ったら「自序」に登場していたのだって、忘れとるがな)が「糞!(18世紀の紳士はぜったいに口にしてはいけないけがれた言葉。それを書くスターン先生)」と叫んだ。でみな気勢をそがれた。というのは熱い栗がフュータトーリァスのズボン(腰回りがだぶだぶで足がぴったりしているやつ)の股間あてあたりから中にはいってしまったからで・・・
(という顛末を数ページかけて懇切丁寧、委細至極に描写。カルヴィーノ筒井康隆かと思うような章。)
第28章 フュータトーリァスたちは火傷治療の相談。印刷した紙をまくのがいい。油がよくついているから・・・
(当時の火傷治療は油を布にたっぷりつけて患部にはるというもの。湿潤療法をやっていたのだね。)
第29章 フュータトーリァスらは子供の名前を変えた事例があったか故事を口にする。
(フュータトーリァス他は架空の人物。たぶん父が子どもの名前を変えられるとトウビーに説明するさいにでっち上げたたとえ話なのだろう。それが24章から29章まで続く。)
第30章 ヨリックとトウビーが父を抱えながら、慰めている・・・
第31章 父は伯母ダイナーから遺産が入ることを知って、どう使おうかと思案を始めた。すでに土地問題や訴訟を抱えているし、農業経営で新規事業もやりたいしと重圧に押しつぶされそう。そこに私の名前問題が加わったが、(トリストラムの)兄ボビーの死までやってきて・・・「人間の一生とは何でしょうか?それはただこっちの側からあっちの側へl悲しゑから悲しみへと移り動くだけのものではないのでしょうか?」
(父はミシシッピ計画に投資をしていたという。1760-61年はアメリカはイギリスの植民地だった。)
第32章 「この瞬間からこの私は、シャンディ家の法定推定相続人と考えていただかねばなりません――したがって厳密に申せば私の『生涯と意見』の記事は、ここから始まるわけです」でも作者の体調がすぐれないので、第5巻は12か月後にお目見えするでしょう。

 

 本書の特徴は、「私(トリストラム・シャンディ)」という語り手を導入したこと。そのためにおおよそ3つの時間が現れる。ひとつは、「私」が小説を書いている時間。そこから読者への呼びかけや釈明などが行われる。二番目はトリストラム・シャンディが懐胎してから流れる時間。父や叔父トウビー、スロップ医師、ヨリック牧師などの登場人物のドタバタが起きている。3番目は、登場人物たちの過去。トウビーが鼠径部に傷を負った話他。これらの3つの時間が説明抜きで入れ替わる。ことに1番目の語り手が2や3の途中にしゃしゃりでてくるのが混乱するもとになるのだろうなあ。
 もうひとつは連想飛躍。ひとつの言葉に反応してうんちくを語りだしたり、来歴を説明したり、別の(関係ありそうで全然関係ない)話を始める。その脈絡のなさは小説の暗黙の前提にはないものだけど、おもえば我々のお喋りは時間の入れ替えや連想飛躍が起こるものだ。そうすると、本書のほうが人のおしゃべりの「自然」に近しい。おしゃべりは記録されないし、もう一度聞くことはないから、おしゃべりの機構をそれほど意識しないだけ。


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2023/11/13 ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 中」(岩波文庫)第5巻 5歳になったトリストラムは割礼をすることになり、大人たちはおしゃべりし、婉曲表現では意を尽くせない 1762年に続く