odd_hatchの読書ノート

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ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 中」(岩波文庫)第6巻 手術になったがまたトラブル。白紙ページ、二人称、図形、伏字の使用などスターン師は文学実験にいそしむ(いや読者サービスなのだ)

2023/11/13 ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 中」(岩波文庫)第5巻 5歳になったトリストラムは割礼をすることになり、大人たちはおしゃべりし、婉曲表現では意を尽くせない 1762年の続き

 

第6巻。割礼の手術になったが、スロップ医師と助手のスザナーはへまをしてしまう。叔父トウビーはトリム伍長と砦つくりと戦況の再現にはげむ。あまりの熱中は大砲に火薬をつめようという提案にいたり、火薬を入れた部屋でパイプを吸うという失策をおかしてしまう。こうして父の周りには不吉と穢れが満ちているのであった。スターン師の文章は軽妙であるが、そこを流れているのは痛切なのであった。ナイチンゲール以前の医療では怪我や大病はすなわち死であり、多くの人が生まれるが同数が亡くなっていくのである。そのような時代の死生観がこの滑稽な書物から透けて見える。この巻の表現の実験は、白紙ページの挿入(読者が絵を描くため)、二人称、図形の挿入、伏字など。創始者が使ったのものはどれも衝撃的。

第1章 5巻お付き合いいただいたが、なんという荒野だったことか。道に迷わずに来たのは何より・・・(作者の言うことか?)
第2章 父は幼児教育を口にし、恐るべき神童の数々をあげる・・・
第3章 いよいよ手術の日となり、スザナーに照明係(蝋燭持ち)を命じたが、スザナーは嫌がる。顔を背けてかざしたものだから、カツラに火が付き、医師とスザナーは喧嘩を始めて・・・
第4章 落ち着いたので二人は台所で準備をやり直し、父は・・・
第5章 家庭教師をつけたいが善い人はいるかと問い、トウビーはル・フィーヴァーの子息を推薦する。
(「路上の腐肉や排世物を指さすのもいけない」。上下水道もなく、トイレもなく、ゴミ回収サービスのない時代だった。)
第6章 (ル・フィーヴァーの物語)「連合軍がデンダモンドを占領した」年に、トウビーとトリム伍長が遭遇したル・フィーヴァーの話。
第7章 (ル・フィーヴァーの物語)宿屋で休んでいたら気の毒な少年がいて、父の容態が悪いという。二人で見舞いに行くと、厳しい状況。あの少年はどうなるのだろう。
第8章 (ル・フィーヴァーの物語)少年の父を起こして行軍させようとトウビーはいうが、トリムは頑強に反対して・・
第9章 翌朝医者を呼びに行くようトリムに指示してトウビーは眠りにつき・・・
第10章 (ル・フィーヴァーの物語終わる)容態が悪化した少年の父に、トウビーは面倒は俺が見るというと、父は亡くなった。
第11章 トウビーたちは葬式を手配し、ヨリック牧師に説教させたが、このヨリック牧師は自分の説教にとても厳しくて(と脱線すること6ページ)
(説教の表情付に音楽記号を使うとか、取り消し線を使うとかの表記の実験が多数ある。)

(取り消し線をテキストに使うのはハイデガーデリダなんかの200年前!)

第12章 少年はトウビーの手でミッションスクールに入学したが、1717年オーストリアvsトルコの戦争に従軍したいといいだし、トリム伍長といっしょに出陣することになって・・・
(イギリス人がオーストリア帝国の戦争に参加したのか・・・)
第13章 が、マルセーユで病に倒れたという知らせがあり、帰らせることにした。そこにトリストラムの家庭教師をどうしようという話が起きた・・・
第14章 スロップ医師が自分の名誉を傷つけたくないものだから、トリストラムにはいろんな噂(鼻が…、割礼で…)がたってしまう・・・
第15章 「――でもやはりこの子にも半ズボンをはかせようと思う、私の父は言いました――世間には何とでもすきなことをいわせておくさ。」
第16章 私の父が私に半ズボンをはかせるときめた決断も十分な議論を尽くしたものでして・・・
第17章 父は二つの議論の仕方を実行するために、「さばきのしとね」という、寝床の中で私の母とそういう問題を論じ合う場を作ったのでして・・・(ところで私は満腹の時と空腹の時に執筆して議論の公正をたもとうとしてます)。
(性のタブーが婉曲表現を要請したのだが、かえって想像力をかきたてる。)
第18章 「さばきのしとね」で交わされた父と母の会話。母はオウム返しするだけ。
第19章 半ズボンの相談のために「古代人の衣服について」を書いたアルベール・ルーベンスに意見を求めに行った。ルーベンス先生、古代人の服のことを滔々とまくしたてる。私の父は、知りたいのは半ズボンのことなんだがと口をはさむ
(スターン師は古代人の衣服をいろいろ並べ立てる。固有名の列挙のくどいこと)
第20章 新しい場面に移るとしましょう。父も母もスロップ医師もおきざりに。ついでに私もおきざりにしたいものです。
第21章 叔父トウビーは屋敷の一角の地面に、新聞で戦争の情報が入るとそのとおりに築城を施していた。トリム伍長との作業はとても幸福であったが、しばしば畑を勝手に作り変えていて・・・
第22章 戦況とおりに砦を攻略できると二人はたいへん喜んだ。戦闘は各地であったので、二人は砦の改装をずっと続けていて・・・
(18世紀のイギリスでは新聞が発行されていて、田舎の貴族の家まで配達されていたようだ。ロンドンで発行されていたのは夏目漱石「文芸評論」に書いてある。)
第23章 砦ばかりでは貧相だということで、二人は家や教会の模型を作り、並べ替えていろいろな町を再現していた。トリム伍長は砦の大砲にどうやって火薬を使うか頭を悩ませていた・・・
第24章 トリム伍長は兄の形見の帽子とカツラを身につけて・・・
第25章 伍長を悼む章(二人称で語る斬新な表現)
第26章 伍長はトルコパイプを使うことを考案し・・・
第27章 砦の砲台にパイプをセットして(その日に父の命令で遺言状を書くめぐりあわせがあった)・・・
第28章 叔父トウビーといっしょに砲台をつかっていた。トウビーはトリムの象牙のパイプを借りて哨兵詰所に入っていった・・・
第29章 叔父トウビーのすぐれたところ
第30章 恋の疼きについて。「あの年にあの女神がしでかした最悪の仕業」
第31章 叔父トウビーのすぐれたところ(2)
第32章 「わが叔父トウピーの弁明演説」。トウビーが戦争を好きなわけ
第33章 私の書くものが支離滅裂になるのはわけがありまして・・・
第34章 前の章をやりなおしましょう。つまりトウビーはダンケルクの戦いを再現するにあたって、教会を爆破することを主張して・・・
第35章 その時からトウビーの幸福は無くなり、過去の幾多の戦勝の喜びも消え・・・
第36章 わが叔父トウピーの、ウォドマンの後家への求婚の顛末記を書こうと思いますが、その前に恋愛とはなんぞやの議論を始めるだろうとお思いでしょうが・・・
第37章 そんなことはしませんよ。ともあれトウビーは恋に落ちてしまったのです。
第38章 「この世であのウォドマンの後家以上に色欲をそそり立てる対象にぶつかったことは決してない」のですから、ペンとインクを持ってきて、絵をかいてごらんなさい。紙は用意してあります。
(といって、白紙ページが挿入される。紙が高価な時代は章や節が変わっても改ページされませんでした。)



第39章 「表紙から表紙までのあいだに、少くともまるまる一ページ、「悪意」に汚されることも「無知」に誤まり伝えられることも絶対に生じえない、まつ白なページがあるのですぞ」
第40章 叔父トウピーの情事が始まる15日前から父や母やスザナーのしるところとなり、父と母は「しとねのさばき」を行い
第41章 「さてこのあたりからいよいよ話の本筋にはいってゆくわけですが(今までの脱線、与太はいったいなんだったんだ)、これまでの巻の筋を線で描いてみましょう。
(というわけで奇怪な曲線が挿入。)

 ここでスターン師が行った実験を思い出そう。
・マーブル模様のページ
・全面黒色ベタのページ
・全面白紙のページ
・読者が書き込みできる余白
・伏字
・文字脱落
・二行をカッコでつないで、同時に複数のできごとがあることを表示
・種々の図柄の挿入
 作者が楽しんでいるが、印刷や装丁の職人たちもにやにやしながら作ったのだろうなあ。「読者が書き込みできる余白」を作中に用意したのは、クイーン「オランダ靴の秘密(謎)」1931年しか思い当たらない。それくらい希少。


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2023/11/09 ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 下」(岩波文庫)第7巻 物語は突如中断してフランス旅行記が挿入される 1765年に続く