odd_hatchの読書ノート

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ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 下」(岩波文庫)第9巻 トウビーは攻城戦に勝利し、トリストラムは負のスティグマが増え、父はメランコリーにふける

2023/11/07 ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 下」(岩波文庫)第8巻 トリストラムは忘れられ築城術にしか興味がない叔父トウビーの恋物語が始まる 1765年の続き

 

 第9巻。第8巻でひとめぼれしたトウビーはウィドマン夫人にアタック(しかし恋愛を軍事用語で語るのはおかしいな)する。一人ではこころもとないのでトリム伍長を連れていく。いっぽう夫人もトウビーには心苦しくないので、やってくるのを期待しているし、下女ブリジットと繰り返し相談している(そういえば同時代のボーマルシェフィガロの結婚」でも伯爵夫人と下女のスザンナもそういう間柄だった)。トウビーは自信がないのでためらうし、淑女から殿方に声をかけるわけにもいかず、進展はのろいが、きっかけさえあれば早い。スターン師は牧師であるのに、婦人との語らいがだいすきであったというから、その経験がここに反映しているのだろうなあ。

ある貴人への献辞 貴族や伯爵に献呈しようかと思ったけど、やっぱり羊飼いに献呈します。
(羊飼いはキリスト教聖職者の隠喩であると読める。)
第1章 トウビーと伍長がでかけるのを父と母がみていて、そのとき母が父の手をとんとたたいたのはわけがあって、母の鍵穴を・・・
(上品なんだかあけすけなんだか・・・)
第2章 トウビーは古びたカツラをかぶり、つんつるてんになった軍服をきていた。それを見た父は「なかなか恰好だけは悪くないわい」
第3章 叔父は気後れし、伍長は励まし、父はつきはなし・・・
第4章 叔父は扉の前でくるりと向きを変え、沈痛な顔つきになり、伍長は杖を振る(その軌道が曲線で挿入される)


第5章 伍長は兄が死んだときのことを話し、トウビーのやさしい言葉に涙する
第6章 黒人女が店先で蠅を払っていたのを見て(こうしてイギリスに来たアフリカンが18世紀にいたのだ)、「なぜ一体黒い女は白人の女よりもひどい扱いを受けねばならぬのでしょうか?何も正当な理由などはないはずだ、叔父トウビ‐も言いました――ただ、伍長が頭を横にふりふりさけび話す、味方になって立ち上ってくれる者が一人もいないというだけの理由からです」
(スターン師がレイシズムを持っていないのはよかった。最後の言葉が重要。)
第7章 伍長がトムの話をする。未亡人がソーセージを作っているのをトムは手伝い、ぎこちない会話をする。でもそれが功を奏したのですよ。
第8章 ぐるぐる庭をまわっているだけのトウビーたちを見ている父と母はいぶかしがったのですが、その話はあとにまわします・・・
第9章 「このさけびを世の人たちが何と考えようと――わたしはそんな思惑にははなもひっかけないつもりです。」(全文)
第10章 父は1分もかからずにドアをノックするものとおもったけど、トウビーと伍長の話はえんえんと続いていて・・・
第11章 何をしとるんだと父、バカげてますわねと母、子供ができれば無問題と母、それにはトウビーがどうにかならんかと父・・・
(母が発したお祈りの言葉には「月一回だけというわが身をあわれむ溜息のような抑揚が強くにじみ出ていました」。宗教上の禁欲を父はちゃんと履行していたということです。)
第12章 いささか微妙なところを書いたのですから、この章は脱線しますよ・・・
第13章 では元に戻りますが、私の書いたものが清潔であるか心配なさるのであれば、我が家の洗濯代をお見せしてもよいです・・・
第14章 もともとこの章までは脱線するつもりでいたのです。元に戻るのは次の章からです
第15章 「やっと第十五章になりました。がこの章が提供してくれるものは、次のような悲しい教訓だけです。それは「この世ではとかく楽しみにしたあてごとははずれるもの」ということ。」
第16章 トウビーたちの逡巡をウォドマン夫人は窓の影からずっと見守っていたのです。ようやくノッカーに手がかかろうとすると・・・
第17章 そのまま突っ立っていて・・・
(本文中にルソーの名がみえる。解説によると「『自然にかえれ』とさけんだジャン・ジャック・ルソーは、当時一七六六年の秋ころは、亡命の身の上で、イギリスの哲学者ヒュームの好意で同国の片田舎に細灸とくらしていた」とのこと。)
第18章 (空白)


第19章 (空白)  (比喩でなく、白紙のページ。)


第20章 トウビーは夫人と仲睦まじくしている。
(前章の空白のページで何があったのでしょう。)
第21章 女性が夫を受け入れるのは50の方法がありまして、たとえばかのかのスラウケンペルギウスが申したように…
第22章 「造化の神の贈りものは、叔父トウビーが受けた傷によってもすこしもそこなわれていませんでした。」よかったね、トウビー。まあなんていやらしい。
第23章 下女のブリジットは手持無沙汰でしたが、伍長から聞き出すという使命を果たす決意をもっていて・・・
第24章 この話を続ける気力がわかないので、誰か続きを書くよう呪文を称えましょう、と称えるうちにイタリア旅行でであった美しい乙女マリアの思い出にうっとりして・・・
第25章 18、19章が空白だった言い訳をして、もう一度18章を書き直します。第18章でトウビーは「私は恋しています(I Love Youなのだろうなあ)」と告白。子供を育てるのは大変だけど仕込むことには喜びがありますね。第19章、ウォドマン夫人は「冗談ではございませんわ」と叫び、恥じたトウビーは聖書のジュリコの包囲のところを読みだした。
第26章 でもウォドマン夫人は鼠径部のことが気になるので、スロップ医師に確かめたら、「全快してますよ」。夫人はもっと追及するがはかばかしくないので、トウビーに尋ねると、トウビーは伍長に地図を持ってくるよう命じて・・・
第27章 「叔父トウピーの地図は、台所へと持ち去られます」(全文)
第28章 地図を自分の体に当てて、このあたりですとトウビーは説明して。一方伍長もブリジットに同じことをしていて・・・
(セクハラ部分はサマリーにいれません)
第29章 ブリジットはトリム伍長のやさしさにうっとりして、伍長のキスを受け入れて・・・
第30章 トウビーも伍長も攻撃に見事に成功して・・・
第31章 トウビーは伍長に「膝の怪我のことは聞かれなかった?」と尋ね、そんなことはないという返事に訝しむ。そこで伍長は鼠径部がいかに身体の大事なところに近いかを説明し・・・
第32章 夫人はトリストラムの母に、ブリジットはスザナーにそれぞれ事の次第を相談していたので、村中の女すべてがトウビーと伍長のことを知るに至り、ようやく耳にした父は癇癪を起してしまい・・・
第33章 父はトウビーに情欲のいやらしさを説教していると、下男が入ってきて、旦那の大事な種牛がじつは無精子であることが分かったと報告して・・・
(ふたたび父の面目丸つぶれ)

 

 すでに5歳になったトリストラムは7~9巻の間忘れられている。トウビーの恋愛がひと段落して、再びトリストラムの生涯を語ることができたとして、それが「現在(トリストラム40代)」に至るまであとどのくらいの巻を重ねなければならないか。この不幸(名前に鼻に割礼に)に見舞われた少年がいかに落ち着きのある生活を手に入れたかは興味のあるところ。すなわち社会に忌避される属性をもったマイノリティが周囲の偏見をどうするかという問題があるから。まあ、資本主義は始まったばかりで、植民地の悪政は本国に取り込まれていない(同時代のインドではイギリス人による差別や迫害などが多数発生)ので、まだ安心できるのだが。
 朱牟田夏雄の訳は1970年代には画期だと思うが、21世紀の再読では古めかしさのほうが目に付いた。そろそろ新しい翻訳で読みたい。


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