シェイクスピアには森が何度もでてきて、思いだすだけでも「夏の夜の夢」「マクベス」などがある。イングランドはシェイクスピアの時代まで(もっと後の産業革命までかも)は深い森におおわれていた。そこが重要なのは、何しろ深くて道がないので容易に行き来できない。なので少人数であれば自給自足が可能であり、世俗権力の支配外であって逃げこめば介入されない。そのうえ、キリスト教に追い出された神々(本書では婚礼の神ハイメン)が住んでいた。恐ろしい場所であるが、なんでも起こりうるユートピア幻想を持てる場所でもあった。
さて、ここに一人の暴君がいる。あまりの癇癪で、彼の気に入らない兄弟や家臣他を憎み、刑罰を与えていた。そのために賢君は追放されるか、自ら逃げ出すしかない。暴君フレデリック公の逆鱗に触れた公爵は森に逃れ、世俗権力の横暴がない森に隠遁し終生の住まいにしていた。フレデリック公の覚えめでたいオリヴァーは弟オーランドーが憎くてたまらない。力士(福田恒存訳)に試合で殺してしまえと命じたが、かえって力士が倒されてしまう。またオーランドーの男ぶりに一目ぼれしたロザリンドに激怒したフレデリックは彼女を追放する。オーランドーは森の中に隠遁する公爵のもとに行き、ロザリンドは羊飼いから牧場を購入する。ロザリンドは変名を使い男装して、森の中を行き、人々の話を聞き、適切な助言を与えている。力士の試合でであったロザリンドを忘れられないオーランドーは名前を書いたプラカードを木々に張り付けていた。それを見つけたロザリンド、オーランドーを見つける。変装した男装のロザリンドを彼女とわからない。オーランドーの恋の悩みを聞くロザリンド、きっと結婚できると励ます。そこに、フレデリックの逆鱗に触れてやはり森に追放されたオリヴァーがロザリンドに一目ぼれ。結婚を申し込み、公爵の承認を得て式をあげることにする。おりしもフレデリック公は公爵への復讐の念が再燃し、兵を率いて森に進撃してきた。オーランドーの恋と命が危ない。計画を持っているロザリンドは式の最中、男装を解いて彼らの前に現れた・・・
王権の届かない森の中では、社会のヒエラルキーが通用しないし、権力を持つ者はいないので、虐げられているものがリーダーシップを発揮することができる。なので、単純で短慮な男に変わって、男装の麗人ロザリンドが物事の行く先をどんどん定めていくのだ。彼女のいうがままに、道化が動き、オーランドーの絶望が希望に変わり、デウス・エキス・マキナのごとき大団円を迎えることができるのだ(たぶん1000字くらいのセリフで大ドンデン返しをやるのはとてつもないテクニックなのか、それとも肩透かしになるのか)。ただここには妖精パックやオベロンのような神々や妖精の力は働いていない。あくまで人間の英知が事態を変えることができる。このへんがイギリスのルネサンスの作品であるといえるのだろう。
物語の端緒は暴君の嫉妬に由来するのだが、本作では冒頭にでてくるだけで以後は後景に退く。そのために悲劇にならず、羊飼いなどの自然児たちの恋愛模様が加わって、終始明るい。あと、キャラクターの口を通してさまざまな恋愛論が披露される。ここが観衆や読者への知的興奮をもたらすところ。でも自分はここには疎いのでとくにいいたいことはない。
目覚ましく映るのは、公爵の娘ロザリンド。王宮にいるときはフレデリックやオリヴァーらのパワハラなどに耐えるけなげなお嬢さんだったのが、森に入ると一変する。男装して積極的に人の間に入っていき、コミュニケーションが取れなくて困っている人たちの後押しをする。オーランドーにあってからは自分の恋に行く末を自分でコントロールしようとする(オーランドーが男装のロザリンドに気づかないのは不自然だけど、そこはまあ目をつむりましょう)。シェイクスピアの女性はたいてい受け身なのだが、彼女は自立した(しようとしている)存在。(道化はたいてい自虐的・自己懲罰的な言動をするのだが、この戯曲のタッチストーンはそういうところはない。最後に結婚できたし。自分と他人を客観視できる批判的な視点を持っている。一方、オリヴァーとオーランドーの兄弟であるジェイキスは改心した暴君にこそ学ぶべきことがあると祝宴から離脱する。この奇妙な行動は、彼が後に暴君になる可能性を示唆したものか。笑いや喜びを持たない真面目で不愛想なものは他人を尊重しない/できないゆえに、人を道具として扱うのだ。それはファシストや暴君に共通する特長。)
1599年か1600年に初演されたと推測されている。タイトル「お気に召すまま(As You Like It)」は何を指しているのかなあ。受け身のオーランドーではなさそうだし、事態をリードするロザリンドではないし(彼女はすで選択しているのだから)。観客、読者への呼びかけとも取れそうだし。なんでしょ。
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