odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ウィリアム・シェイクスピア「リア王」(新潮文庫) 若い英雄も老いれば分別を失い暗愚になる。グロスター公の嫡子エドマンドは悪の体現者として最高のキャラ。

 ブリテン王リアは齢80にして、老いを自覚し、国を3人の娘のいずれかに継承させることにする。上二人はことば巧みにリアの幸福と感謝をのべたが、末娘は口下手のために沈黙する。激怒したリアは末娘コーディリアを放逐(フランス王が娶る)し、上二人の娘(それぞれ伯爵やコーンウォール王に嫁いでいる)の居城を訪問することにする(キング・オブ・キングスは居城をもたず、土地の王のもとを点々とめぐるものでった)。王位は譲ったが権勢を手放せないリアは、娘夫婦らに愛想をつかされ、部下を減らすことを命じられる。それに激怒するリアは狂気に陥り、道化一人をつれて、荒野をさまよう。


 自分の居城と部下を失ったリアは第3幕以降に荒野で嵐にあいながら世界を呪うのであるが、彼の狂気に共感や同情を感じることができなくて。この時代(フランスがブリテンに侵略するというから12~3世紀のことか)の貴族・豪族のモラルは、子は親の命令に従うべきであるようなのだが、同時に老いた親は子の指示に従うべきというのもこの戯曲にでてくる。それくらいに親と子の関係は微妙。というよりも、リアのふるまいはたぶんにミソジニー女性嫌悪、蔑視)が強く、他者の複数性(@アーレント)を無視する。人の話を聞かず、独善的で、分別を失いやすく、無教養で、わかったつもりで簡単な解決策に固執する。「人間らしさ(@アーレント)」を持っていないのだ。子やその夫らの裏切りで絶望したというのが一般の解釈だろうが、それはこの暴君がしでかしたことを軽く見すぎていると思う。なので、嵐に打たれる老人を見て起こる感情は憐みpityだけ。リアのような振る舞いを年老いてからはしてはならないという処世訓を得て、自己を省みるくらいでしかない。そうみる俺も「人間らしさ」にかけているのかもしれないが。
 イギリスでは若い英雄も老いれば分別を失い暗愚になるということだし(イギリス古典「ベーオウルフ」岩波文庫)リア王はその線で造形されたキャラなのかも。
 むしろ、周辺人物たちの動きの方が俺には気になる。とくにグロスター公爵の親子。リア王に献身的に仕えてきた公爵には、息子エドガーと嫡子エドマンドがいた。公爵はエドガーを嫌っていて、そこにつけこんで決して高位になれない嫡子エドマンドが彼らをはめる策謀のとりこになる。すなわちリア王一家の不和とフランスの野望という乱世の状況をみて、彼らを追い落とし権力者にすり寄って、いっきに権力の頂点を目指そうとする。使えるものは剣の技量と達者な口のみ。腹心の部下もいないエドマンドは、公爵の不安に付け込んで、エドガーに濡れ衣を着せて放擲させる。そしてリアの上の娘たちに近づいて、ブリテンの権力を奪取しようとするのだ。エドマンドは悪党である。リチャード三世のような邪な心と、イヤーゴの策謀術と、マクベス夫人の使嗾する弁舌をもっている。およそシェイクスピアの作品でこれほどの悪の体現者がいたであろうか(いやいない)。彼の名がシェイクスピアの解説書に現れないのは不思議というほかない。
 この悪党によって、エドガーは逃亡し、グロスター公爵は反逆者の汚名を着せられ目を潰されたうえで荒野に棄てられる。彼らの行った先はリアが彷徨う荒野だ。エドガーもグロスター公も我身を嘆き、これより先生きる希望をなくすのであるが、同じ境遇と感情を持つリアが狂気に陥るのに対し、人間の尊厳を損なう寸前でこの世にとどまる。未来に希望はないのであるがそれでも、と生き延びることを決意する。リアには自分の鏡である道化しかいない孤独な単独者なのに、エドガーがグロスター公の失脚と放擲を知り、彼の声を聞ける(リアの狂気の声も聞こえる)。グロスター公も彼を助けるケント(リア王に追放されたが変装して追いかける忠臣)の声を聴く。他人の存在と意見を聞き尊重する複数性を持っていた。この一点において、戯曲の真の主人公はエドガーに他ならないことがわかる。さまざまな欲望がいり乱れ、多くの血が流れた一連の事件で、変貌を遂げて自立した人間になったのは彼一人だけだからだ。
 この複数性を持たないのが、リア王の娘たち。男親や部下の横暴に怒ることは正当なのであるが、彼女らは権力者と結婚したことで変節する。すぐれた頭を持っていながら、あるいは権力が空白になった隙を好機ととらえたのか、彼女らは政治家のまねごとをする。あるいはエドマンドの使嗾にのっかったのか。いずれにせよ彼女らの策謀は身をむすばず、かえって男の権力者の疑念を招きいっせいに失脚してしまう。中身が空っぽの彼女らは互いの肉体を傷つけること以外の欲望をもたない。
 こうしてリア王は幕を閉じる。幕の前には多数の死者がいる。名を持たない端役の死者を含めれば10人を超えるキャラが舞台上で死んでいった。ことにリア王の一家はことごとく死に絶える。まこと情景惨というべきか。このような陰惨な結末を迎えたシェイクスピアの作品はほかにない。けだし異形の傑作というしかない。
 エドガーは最後にこう述べる。

「この不幸な時代の重荷は我々が背負っていかねばなりませぬ」

 これは観客および読者につきつけられている。暗愚なリアに適切な居場所を与えないために政治が混乱する。エドマンドのような扇動者によって他者危害に積極的に関与し手を汚しかねない。暗愚なものと扇動者が跋扈し戦乱がそこかしこで起こる。そのような乱世で「人間らしさ」と保つことの重大性と困難さを知らしめているのだ。