odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第2部 挙国一致の翼賛体制で大衆・庶民は政治参加する楽しみを得る。窮乏による不満と不安はマイノリティにぶつけられる。

2024/03/07 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-1 皇国イデオロギーに抵触する新興宗教集団は「憂鬱なる党派」であり破滅することが定められている。 1966年
2024/03/05 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-2 人に言えない秘密を持つ少年は常に苦労を背負うように、罰せられるように行動を選択する。 1966年の続き

 

  


 第1部から7~8年たった昭和15年。相次ぐ幹部の逮捕、あらゆる事業の停止、本部の破壊などによって、急速に教団は縮小していった。第2部では、第1部に登場した人たちの零落の様子が描かれる。逮捕されなかった幹部もまた微罪だったたけに早期に服役を終えたものも本部に住まうことはできない。信徒を頼ることもできず、文無しの彼らは貧民窟や民間の救護院などに落ち延び、自らを傷つけるかのようなデカダンス疲労に落ち込む。ときに南方の島に行きその土地の自然信仰の前で日本の新興宗教は無意味である。満州の開拓村にいっても満州国朝令暮改の政策は開拓民をさらに貧困にするしかない(インテリでないものは植民地統治システムに参加できない)。あるいは蟄居し、あるいは転向し、あるいは分裂して別党派を作る。以上の行為を行うものはインテリたち。彼らは運動から脱落すると、自己懲罰的になってしまうのだね。自分の価値を低いものとみなしてしまう。第2部の前半は日本のインテリや知識人の転向をカタログ化したみたい。
 教団の窮迫はさらに進行するので、教主の留守を預かる長女の阿礼の心労はいやます。思春期の高飛車で他人に命令することを躊躇しない性格は苦難の中で削られ、いまでは教団の慈愛を示す顔として立たざるを得ない。いったいこのころには本部には男がいなくなってしまって(応召されたり出稼ぎに行ったり蟄居したり高齢や疾病で死亡したり)、女だけで運営するようになっていた。社会は男性優位で女性蔑視を貫くので、教団にやってくる男たちは警察から軍人、別教団の幹部などを含めて、彼女らを見下すのである。気丈にならざるを得ないのは男の蔑視に対抗しなければならないから。というのも、分派した皇国救世軍なる集団が救霊会に援助の手を差し伸べ、その見返りが教主代理の阿礼との結婚と、皇国イデオロギーへの屈服にあるから。
 すでに近衛体制によって、日本の産業と政治は挙国一致の翼賛体制になっているから。国内のあらゆる団体は解散して、国家が用意した翼賛団体に参加していく。そこで一定の地位を占めて統制経済体制での漁夫の利を得たいのであった。その思惑は大政翼賛会ができたとたんに破綻する。あらゆる政治活動を禁止され政府の命令を解脱するだけの無用の長物と化していた。
粟屋憲太郎「昭和の政党 昭和の歴史6」(小学館文庫)-2 1988年
 にもかかわらず、庶民は隣組などの完成の監視システムに加わることにより、政治参加の楽しみを得た。そこではとりあえず階級や職業の差異がなくなる平等があったのであり、参加の程度によって権力が変わるという全体主義運動であったから。出征祝いも帰還兵の出迎えも戦勝勝利デモも、自発的に参加して楽しんだのだった。「日華事変」「太平洋戦争」は軍部の主導に騙されたのではなく、このような国民の熱狂が軍部と政府を駆り立てていったのだった。そのことがとてもよくわかる記述。
 翼賛体制は窮乏も進めたのであるが、不満や不安を体制や権力に申し立てることができない。なので、ストレスの解消はマイノリティへの蔑視と差別に向かうのだった。体制に歯向かった(とされる)新興宗教集団はかっこうの標的になり、各所で蔑視や差別にあうのだった。
 さて、第1部では少年であった千葉潔は、感化院を脱走し転々と居場所を変えながら検定試験に合格し、第三高等学校(在京都)に入学していた。すでに20歳を過ぎていたが、他にも同年齢の生徒はいたのでおかしいことではない。読書家でありボート部に所属して当時の蛮カラな青春を謳歌する。どこにも所属していないになにものでもない青春のモラトリアムは彼の人生でもっとも明るいものであるだろう。彼はときに教団本部に行き、阿礼やその妹らと会う。そのときだけは、教主の娘たちも心安くなるが、組織運営の重圧と女性蔑視は彼女らを疲弊させていて、千葉潔のようなモラトリアムはない。すでに人生に押しつぶされそうになっている。

 


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2024/03/01 高橋和巳「邪宗門 下」(新潮文庫)第3部 大日本帝国の罰と責任を引き受ける宗教集団による「本土決戦」。 1966年に続く