odd_hatchの読書ノート

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高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-2 人に言えない秘密を持つ少年は常に苦労を背負うように、罰せられるように行動を選択する。

2024/03/07 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-1 皇国イデオロギーに抵触する新興宗教集団は「憂鬱なる党派」であり破滅することが定められている。 1966年の続き

  


 前の要約は、教団の第1から第2世代の大人たちの物語。組織にがんじがらめになって、組織の決定に従って動かなければならない人たちの動揺と志操堅固が描かれる。ここで見えてくるのは、弁舌に巧みで議論に花を咲かす男たちが非常時に案外役に立たない。教主や最高顧問などの指導に慣れてしまって、彼らが不在になると適切に行動できない。その代わりに、非常時に動じないのは女性のほう。逮捕拘禁中の尋問に耐えかねて転んでしまった教主が気落ちしてしまうところで、妻八重はその重圧を引き受け、教団を指導する。それは教組を交えた幹部会の決定を経ない行為ではあるが、重圧を引き受ける者がいないとなると、男たちは彼女の言に素直にしたがうしかない。とはいえ、明治から昭和5年までの間、女性は教育を受けることができず、物心がつけば家の働き手として家事・雑用を押し付けられるとなると、警察や軍などの国家のたくらみを読んで策を弄することはできない。やはり低賃金の労働の担い手として面倒を押し付けられるのは教団に住み込む女性たちなのである。開祖が女性であっても、日本の組織は男性優位のホモソーシャルでいびつな集団になってしまう。
 さて、ここに東北の貧しい部落出身と思われる痩せた少年(幼稚園児くらい)が匿われる。行き倒れになるところを教主の妻の手引きで居候になることができたのだった。千葉潔という少年は、学校に行けずに、教団の雑用をさせられる。当時はそういう子どもがたくさんいたのだ。教主の妻が彼に目をとめたのが正解であるかのように、彼は聡明なところを見せ、はなれにいる教団の最高顧問の老人を訪れては個人教授を受ける。村の子供らのような朗らかで健康なところはなく、無口で人づきあいを嫌う。それを教主の長女は嫌い、次女と教主の下働きの娘は気に入る。思いがけずに恋愛沙汰に巻き込まれる少年はいずれ長じたときに、さまざまな嫉妬と嫌悪にもまれるであろう。
 さて、不況と不作、政党の争いは庶民の政治への無関心を起こす。そのとき最高顧問は天皇への直訴を計画する。伊勢神宮に参拝する際に、直訴状を提出するのだった。すでに同じことを行った田中正造は捕らえられ処罰されていた。少年千葉潔は書生とともに実行し、逃げおおせたが、書生は捕らえられた。また書生の兄は海軍の士官候補生であったが、若い士官の急進派に誘われて515事件に参加する。すでに教団は不敬罪他で裁判をしているところに、さらに刑事事件を起こしテロ集団であると認定されたのだった。すでに書いたように、教団本部は失火によって灰塵に帰す。
 千葉潔はあらかじめ敗北することが定められた集団に入り、自身も似たような終末を迎えることが予定された男。未成年にして公安の監視にあうようになり、警察の暴力にあう。日本そのものを憎むような心性が生まれるに違いない(東北の出生地が飢餓で餓死者が出ていて、そこから逃れてきたのであって、故郷に帰属意識もなければ郷愁も感じない)。教主他は日本や故郷にしがらみを残しているのに、日本に属さないと自己規定している男が誕生する。彼は皇国イデオロギーに支配された大日本帝国にいかに生きるか。
(千葉潔が常に苦労を背負うように、罰せられるように選択するのは、出自における体験に理由がある。飢餓の村から逃れるのは、母の勧めによるのであるが、同時に先に餓死するのがわかっている母は息子に自分の肉を食えと命じていたのだった。世に出る前から屈折したのは、このような限界状況を経験していたため。なお人肉食いの主題は千葉が沈黙し続けたので、公的な話題になることはないし、小説で深められることもない。)

 


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2024/03/04 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第2部 挙国一致の翼賛体制で大衆・庶民は政治参加する楽しみを得る。窮乏による不満と不安はマイノリティにぶつけられる。 1966年
2024/03/01 高橋和巳「邪宗門 下」(新潮文庫)第3部 大日本帝国の罰と責任を引き受ける宗教集団による「本土決戦」。 1966年