odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

林健太郎「両大戦間の世界」(講談社学術文庫)-2 社会不安の時代に自由主義は結集軸にならず、労働者・下層階級は社会主義かナショナリズムに結集する。

2021/03/05 林健太郎「両大戦間の世界」(講談社学術文庫)-1 1976年の続き

 

 WW1の総力戦は、動員された労働者、下層階級の力を大きくする。専制国家が打倒されたこともあり、貴族政は後退(貴族が資産を失ったのも大きい)。戦後はインフレと帰還兵士の失業が起こり、社会不安になる。その際に、自由主義は結集軸にならず(ブルジョアが支持するので)、社会主義ナショナリズムが結集軸になる。そこで社会党共産党労働組合と、右翼団体が伸長し、互いに攻撃しあう。ヨーロッパに特有な状況は、宗教問題があり、社会主義共産主義無神論右翼団体カソリックとみなされ、宗教感情から支持が生まれることもある。

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斜陽の大英帝国 ・・・ 総力戦を経験したイギリスでは労働者の政治参加が強まり、組合活動が活発化(ただし反ボリシェヴィキ)。初の労働党内閣誕生。植民地が自治領となり、この間にあいついで独立。アイルランドとインドは紛争を残し、以後半世紀以上の確執となる。
チェスタトンのブラウン神父ものに労働者の犯罪が出てくるようになったのは、こういう背景があったから。)

ムッソリーニの登場 ・・・ もとは社会主義者ムッソリーニは戦時中に参戦に転じ、右翼団体を作る。戦後の混乱で弱小政党として議員になる。労働者のゼネスト(イタリアはアナルコ・サンディカリズムが優勢)と対決姿勢を出したことで、支持を得る。この際に、黒シャツ党という下部組織を作って組合員や社会主義者に暴行を加える。警察や国王は放置したので、批判勢力がいなくなった。政権奪取後、独裁制を敷く。

ウィルソンとローズヴェルトのあいだ ・・・ 20世紀初頭以来の革新主義(プログレッシブ)がWW1のあと、保守自由主義に変わる。レイシズム、社会的ダーウィニズム、移民制限など。生産性向上による農産物価格の暴落。それによるカルト宗教、排外主義(KKK)への傾斜(映画「タバコ・ロード」参照)。都市の繁栄と重工業の大発展。アメリカ的生活。

NHKBS「カラーでみるアメリカ」から、1920年代にホワイトハウスの前で行われたKKKのデモと白人至上主義者

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スターリン体制の確立 ・・・ 革命後のロシアの政局。レーニンの指導と死。トロイカ体制からスターリン独裁へ。ウクライナ飢饉も粛清も書いてあるのはこの時期の書にしては珍しい。(共産主義に理解を示す立場ではなく、批判的であるからこそ的確なまとめと表現ができた例。)

経済恐慌の襲来 ・・・ 1929年アメリカ発の恐慌がヨーロッパに及ぶ。深刻な被害を受けたのはドイツとイギリス。WW1で貴族が没落。世界恐慌中産階級がいなくなる。その結果、市場と資本主義の信用がなくなり、ボリシェヴィズムかファシズムかの選択になる。いずれも国家の優越、激烈な街頭闘争、独裁制などの共通点をもつ。1920年代の好況期は凡庸な政治家がトップにいて、それで問題がなかった。不況と不安の時代から個性的で広範な人気をもつ「大政治家」が現れる。理念よりも人気が優先される政治になる。

岐路一九三二年 ・・・ ドイツでヒトラー政権ができるまで。右派の政治家が抗争するに際して極右のヒトラーを利用しようとしたが、ヒトラーに大衆人気がでて選挙で負けてしまい、政権を譲ることになった。ナチス台頭を許した責任は右派政治家にある。社会党共産党のせいとする議論もあるが、林は取らない。
2021/02/25 エーリヒ・マティアス「なぜヒトラーを阻止できなかったか」(岩波現代選書) 1960年

さまよえるヨーロッパ人 ・・・ シュペングラー「西洋の没落」1919以後のヨーロッパ精神史。表現主義、ダダ、シュールリアリズム、ロシアのフォルマリストなど。
ジョージ・スタイナー「ハイデガー」(岩波現代文庫)-1

すぎさったもの、すぎさらぬもの ・・・ 文学者たち。ヴァレリートーマス・マンロマン・ロランツヴァイク、アンリ・バルビュス、アンドレ・ジイド、ヤスパースオルテガ。非政治的ニヒリズム、民主主義擁護、共産主義支援、絶望、サバイバルなど。

 

 通常、20世紀の戦間期(1920-1940年)では、ファシズム政権誕生後、全体主義国家成立後の悪行にフォーカスが当たる。いかに人権を蹂躙したか、周辺諸国を侵略したかなど。そのかわり、なぜファシズム政権、全体主義国家ができたかはあまり強調されない(ソ連レーニンの死後スターリンが独裁体制を敷くまでは詳しい)。2020年の日本では、全体主義が定着する過程が眼前に展開されているので、本書の1920年代を詳しく見るという視点は面白かった。どうしてもドイツとロシアに目が向いてしまうが、イタリアの状況、あるいはイギリスとフランスの政治過程にも注目するべきと思った(同時代の小説の記述で漠然と想像していたことが、本書で裏付けられた)。
 歴史家の筆はそれぞれの国と政治をうまくまとめている。整理の仕方は見事。そのかわり、民衆運動や経済動静がほぼ省略された。そのために、時代を生きたものとしてみている感じがしない。通史の一冊なので仕方ないか。これを手掛かりに1920年代をみることにしよう(これまでは芸術や文芸の興味ばかりだった)。

大内力「日本の歴史24 ファシズムへの道」(中公文庫)-1 1926年から1936年までの昭和ゼロ年代。象徴的な事件もカリスマ的な人物もいないうちにファシズム体制が完成。

  1926年から1936年までの昭和ゼロ年代大正デモクラシーは「内には民本主義、外には帝国主義」であったが、この10年間で内はファシズムになった。

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 驚くべきことは、ファシズム体制が完成するまでに、象徴的な事件もカリスマ的な人物もでてこないこと。メルクマールとして1936年の226事件を挙げられるだろうが、これはファシスト軍人たちによるクーデター(失敗)。通常、ファシズムの完成までにクーデターや民間組織による大衆扇動などがあるものだが、この国ではそれはなかった。すなわち、憲政を唱え、立憲主義を実行している政治体制がそのままファッショ化していった。これには軍部の横暴や圧力があったにせよ、政治体制が自発的に変質していった。本書に書かれていない理由を21世紀の10年代の経験を踏まえて追加すると、憲法発布と帝国議会開催から30年たって、政治家が世襲化、ないし狭い人脈の中から選択されるようになったことが大きい。すでに持っているものが庶民や大衆と離れた暮らしをしているなかで国政を行うようになり、庶民や民衆の支持がないことから、金と力をもつ組織(財閥と軍部)にすり寄っていった/依存した/代弁者になった。
 庶民や大衆の側もファシズムを希望する。自由民権運動以来、大衆運動・社会運動・労働組合運動はつねに弾圧され、庶民や大衆が支持する政治家や団体が現れない。投票行動や社会運動で変化が起きないときに、「維新」「変革」を呼びかけるファシズムが彼らの要求を代弁しているように見える。また社会でも深刻な不況、低賃金、物価高は改善されず、「国益」の要と妄信している満州や朝鮮が現地の人や外国によって損なわれていると思うようになる。第1次大戦中の好況のあとの「失われた10年」で、庶民や大衆の権利や利益が奪われようとしている/損なわれている/失われようとしていると思うようになる。そこにファシズムの「強い日本を取り戻す」のスローガンは彼らの要望に一致する。
 政治家や財閥・軍部、庶民や大衆などがファッショ化した背景には、明治維新以来の皇民教育がある。政宗を一致させようとした明治政府は、他の事案では政治と宗教を分離したが、こと教育に関しては国学神道の教育をやめなかった。命令されることになれ、命令されないと動きだすことができない。なので、権威や権力に盲従することが自発的な行為や考えになってしまった。もちろん自由主義的な考えをする人はいても少数。民間の啓蒙や啓発活動ではなかなか変わらない。国家の権威を自分のアイデンティティにするとき、国家の存立を危うくする「外」の抵抗勢力は脅威にほかならない。「外」の脅威には敏感に反応するようになる。ヘイトスピーチが国家によって奨励推進され、国外では侵略戦争になり、国内ではヘイトクライムになる。
 庶民や大衆が抵抗できなくなったのは、組織化されなかったからだと本書はいう。そういう組織化を担った社会主義者労働組合員が弾圧され、国家のデマで分断された。さらには、廃藩置県以来、村の合併が進み、共同体意識が薄れていった。身近な問題が他人事になってしまう。参加することが面倒になってしまう。
 昭和ゼロ年代のファッショ化を記述してみた。21世紀の20年間に極めて近いことが起きている。弾圧、不当逮捕、秘密裁判、拷問が起きていないから、21世紀の日本はファシズムではないといわれることが多いが、それはファシズム体制の完成後の話。すでにファッショ化は進行中。

 

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2021/03/01 大内力「日本の歴史24 ファシズムへの道」(中公文庫)-2  
2021/02/26 大内力「日本の歴史24 ファシズムへの道」(中公文庫)-3 に続く

大内力「日本の歴史24 ファシズムへの道」(中公文庫)-2 意思決定のプロセスが複雑で、決定の責任がどこにあるかわからない日本ファシズムの無責任体制が完成。

2021/03/02 大内力「日本の歴史24 ファシズムへの道」(中公文庫)-1 の続き

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  20世紀前半の国内政治がわかりにくいのは、元老だの元老院だのがあり、選挙で選出されていないものが政治的な決定を下すことができ、首相にいたっては天皇の裁可がないと組閣ができないこと。西園寺公望が元老として首相決定にかかわっているが、この人なにか実績や功があるの?(日本の歴史25「太平洋戦争」によると明治中期からの慣行だとのこと) 意思決定のプロセスが複雑で、決定の責任がどこにあるかわからない。そういう煩瑣な組織が手続きなしにできる(のちに総・外・陸・海・大蔵の五省会議ができるのもそう)。日本のファシズムの無責任体制が典型的に表れている。
 くわえて、政党のわかりにくさも。政友会だのいくつかの政党が政権を交代したが、その差異がきわめてあいまい。経済と政治の主張が違いがないのは、庶民や大衆(あるいは工業労働者と農民など)の利益を代表しているのではなく、財閥の支持を頼っていた。なので、にたりよったりの政党が政権争いをしていて、軍部の横やりや無理難題を拒否できない。次第に、軍の意向に沿うような選択をするようになる。定見のない連中が井戸の中で騒いでいるうちに、ファッショに取り込まれる。(歴史書だと、憲政がダメになった原因を数名の首相経験者に求めているけど、それではファッショ化の危機を乗り切る方法を学べない)。
(昭和ゼロ年代の少壮政治家や若手官僚が1950-70年代の政治家や企業家として再登場する。岸信介吉田茂、大野伴陸、正力松太郎、などなど。彼らの復権を戦後に認めたことが21世紀になっても民主化の足かせになっている。)
 日露戦争満州の南に日本軍が駐留できる権利を得たが、以来四半世紀。情報交換がやりずらいのをいいことに、満州駐留の陸軍が政府方針に逆らうようになる。その例が、張作霖爆殺事件だし満州事変だし満州国の建国。これらを政府が「始まったことは仕方ねえ」と追認するので、さらに政府の権威が落ちる。本書の記述では国際連盟の脱退も、日本政府代表の松岡の独断で決めたように見える。不正や逸脱を懲罰できず、放置・追認することを繰り返すうちに、政府の機能と権威が落ちて、それを補完するために軍部が政治に積極的に加わり、ファッショ化を進める。
(ここで日本が中国や満州にこだわったのは、世界不況のあと西洋の先進国がブロック経済圏を作ったことにある。西洋諸国は旧植民地をベースにブロック経済圏を作ったが、それがない日本とドイツは他国の植民地を侵略したので、反発を買った。アメリカは植民地を持たないが、隣接する北アメリカとカリブ海諸島をブロック化した。)
 軍部の動きに呼応するように民間右翼が扇動し、警察・憲兵が国民を監視し、逸脱者を処罰する風潮ができて、庶民を委縮させる。あるいは、収奪が激しいが組織化されていない農民や中小企業者(小売店や職人など)がファッショに賛同する。なにしろファシズムの最初は反権力・藩資本主義・反理性・農本主義(自給自足推奨)として現れ、彼らの要求を代弁すると考えるから。しかし勢力が大きくなった時には、資金を得るために資本や財閥にすり寄り、民間を抑圧する側に転化する。
 ここまで日本のファシズムが成立するまでを本書を図式的にまとめてみた。重要なのは、このファシズム国家の成立が国民の要望をまとめるように、下から・自発的に起きていること。下から・自発的に起こるのは、明治維新後の政策の結果であること。経済政策の失敗が格差を拡大し、窮乏化した庶民・大衆を全体主義を志向させる原因になること。加えて、ヘイトスピーチを放置しヘイトクライムを容認することがファシズムに向かわせること。

 

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2021/02/26 大内力「日本の歴史24 ファシズムへの道」(中公文庫)-3 に続く