odd_hatchの読書ノート

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横溝正史「三つ首塔」(角川文庫)

女時代に両親をなくし、伯父宅に引き取られた音禰に、遠縁の玄蔵老人からの遺産、それも百億円相続の話がまい込んできた。が、それには見知らぬ謎の男との結婚が条件という。思いもかけない事態にとまどう音禰の周辺で次々と起きる殺人事件。おびただしい血が流された魔の惨劇の根元は、玄蔵が三人の首を供養するために建てた“三つ首塔”に繋がっていた――。
三つ首塔 金田一耕助ファイル13 横溝 正史:文庫 | KADOKAWA

 昭和30年に「小説倶楽部」なる雑誌に1年間連載された長編小説。

 英文学者のもとで育てられたお嬢さん。父と母を幼くして亡くし、養女となっていた。この英文学者の還暦祝いの席、お嬢さん・音禰(オトネ)が席を立ったとき不思議な男とすれ違う。祝いの席で双子の姉妹の演舞の最中に、ひとりが毒殺。別室では不思議な男と私立探偵がそれぞれ殺されていた。係累のいないと思われていた音禰に、アメリカの伯父さん(亡くなったと思われていた)から100億円(現在価値でいくらになるのか、見当もつかない)の遺産が贈られることになった。そこには奇妙な条件がついていて、伯父さんの係累にあたるある男と結婚しなければならない。その男は行方不明中。私立探偵はその男の捜査に当たっていたのだった。
 さて音禰は帰宅後、殺された不思議な男によく似たある男に拉致され、あまつさえ貞節を怪我されてしまう。フリーセックスとか援助交際などを経験したわれわれには奇妙な考えに思えるが、音禰はこの男を毛嫌いしながらも離れられなくなってしまう。この不思議な男はブローカーをやっていて複数の名前を持っている。男は音禰を連れ出しては、遺産相続権を持つ別の男女のあとをつける。そして、彼らの行く先々で相続権を持つ女性や男が毒殺・刺殺されてしまう。自分であると表明できない音禰は、不思議な男にいわれるままにアリバイを申し立てたり、任意の調査の最中に逃走したりと、ますます自分を追い詰めていくことになる。
 不思議な男と話していくうちに、「三つ首塔」なる存在がクローズアップされ、そこに事件の鍵があると知る。音禰の父母および英文学者の間に愛憎劇があり、その余波が父母の命を空(むな)しゅうし、奇怪な遺産相続の動機があり、それは現在の若い男女の運命を規定しているのだった。そして、「三つ首塔」が播州平野の北端あたりの寂れた峠にあることがわかり、音禰と不思議な男は赴く。驚くべきことに、相続権利者も先回りして、彼らに罠を仕掛けたのだった。枯れ井戸の落とし穴に落ちて、二人は数日間監禁状態になってしまう。そこで明らかになった不思議な男の正体、そして連続殺人の犯人!
 えーと、戦後に「本陣殺人事件」「獄門島」などでモダン探偵小説を作った作者がその10年目にしてものした長編は、それこそ「夜光虫」あたりを思わせるような伝奇・冒険小説であった。この強烈な先祖帰りに、まずびっくりした。不思議な男が正体を隠しながらも刺青で手がかりをみせているとか、ヒロインの行く先々には連続殺人鬼が待ち構えていて嫌疑が彼女に行くようにするとか、舞台は銀座、六本木、浅草、池袋といかがわしい・得たいの知れない都会の周辺部。そこには二人の男女同様の名前を持たない、社会の役割から疎外されているものたちがいる。こんなぐあいの奇怪で猥雑な世界を構築している。ラストシーンの真っ暗な井戸の中は、それこそ乱歩御大の「孤島の鬼」を思い出した。ミステリとかパズラーとかでみると、ずさんなところが目に付くが、それは主題でないので仕方がない。
 さて、今回は主人公に女性をもってくる。彼女の一人称の語りで物語が進む。世間知らずのお嬢さんのみた経験であることから、追いかけられる・追い詰められるもののサスペンスが生まれる。彼女は警察のみならず、遺産相続権利者からの追われるのだし。音禰は不思議な男に無理やり犯されるのだが(一行でさらっと触れるだけ。昭和40年代になると、ここが数ページにわたって描かれる)、それだけのことで(皆さん失礼)彼女は男から離れることや復讐することを断念し、男のいいなりになるのだ。かつ執拗の男の愛撫を求める。それでいて心は反省・恥の感情でいっぱいで伯父その他の関係者にすまない気持ちをもっている。こういう心と体の離反、それによる罪を重ねる行為というのはポルノ小説の常套でもあった。
 風俗が書かれていると解説にあったが、書かれているものはエロ・グロの世界だな。双子の姉妹の金粉レズビアンショーに(1955年初出の本文には金粉を全身に塗ると皮膚呼吸ができなくないので30分以内にショーを終わらせると書いてあった。通常この都市伝説は1964年の「007ゴールドフィンガー」に始まるといわれるので、要調査事項です)、大男と女子中学生のSMショーが登場。秘密倶楽部に潜入するために、音禰は全身タイツ(まあレオタードの袖の長いのとおもいなせえ)のコスプレに仮面をつける。こういう変わった風俗店が当時あったかどうかはしらないが、こういう風俗を書いた小説・読み物はあった。「百万人の夜」という雑誌(1959年の一冊)が家にあり、自分は小学生高学年で読んだ。そこには、SM、秘密倶楽部、スカトロ、各種風俗店その他が書かれていたのでありました。それは自分の秘密の性向に多大な影響を与えたと思いますです、ハイ。グラビアは翌年にオリンピックが開かれるローマの秘密風俗とかで、新婦が披露宴で裸になるという結婚式。神父の前の新婦のドレスは背が開いていて下着が見え、ヴェールをかぶったままの新婦がパンティを脱ぐまでが一連の写真になっていた。もう一度読みたいなあ(どっちを?)