odd_hatchの読書ノート

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エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-3「陥穿と振子」「早まった埋葬」ほか

 全集第3巻の後半の短編。

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エレオノーラ 1841(1842) ・・・ 家族のいない「私」は母の姉妹とその一人娘と谷で暮らす。娘エレオノーラは「私」を愛したが、病で亡くなる。死の床でエレオノーラは「別の娘と結婚するな」と告げる。数年して、谷の美しさが色あせたと思えたとき、町に行き、アーメンガードと出会う。ポオの好きな女性は年下の幼馴染。美しく、知的で、繊細で、病弱で、献身的。「モレラ」と同じ話で結末がさかさま。19世紀の「木綿のハンカチーフ太田裕美」。

告げ口心臓 1843.01 ・・・ 狂人の告白。ある老人の部屋にある「大凶の眼」に取りつかれ夜ごと忍び込む男。老人に見つかったので、殺し、死体を床に捨てる。そこに警察の男たち。捨てた死体の上にあたるところに椅子を置き、無我夢中でしゃべりまくる。心臓の音が聞こえるので。ディケンズに「狂人の手記」1836-38があって、ドストエフスキーの「罪と罰」1866「おとなしい女」1876の前。乱歩にも「月と手袋」1955があった。犯罪を犯すことは告白することと表裏一体。初期の探偵小説がたいてい真犯人の告白で終わるのは、犯人の心理的な要請に探偵が応えるためか。ポオのがもっとも偏執的で、ファナティック。(逆に言うと、探偵もまたしゃべりたくてたまらないのであり、ときには短編ひとつが探偵の独白になることもある。探偵のみならず目撃者も、容疑者も、被害者の関係者もしゃべりたくてたまらない。近代人のおしゃべり、しかし中身のないもの、をひきだすのが犯罪。)

陥穿と振子 1842(1843) ・・・ トレドの異端審問所で拷問にあっている「余」。判決が下され、暗黒の部屋に閉じ込められる(部屋のサイズが分からない恐怖は乱歩が賞賛)。失神して目を覚ますと台に固定され、上から刃のついた振り子がゆっくりと降りてくる。身体を固定する革帯を切るたった一つの冴えたやり方。今度は灼熱になり、次いで部屋の壁が狭まってくる。ガリバニ電池の話題が出てくるから18世紀後半のことか。こういう政治囚や異端が拷問にかけられ、絶体絶命から逃れるというのはゴシック・ロマンスにありがち。1800年ころから書かれたベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」と同じストーリー(ことに結末)。20世紀の収容所の時代は、このような悠長な拷問と処刑を行わなくなり、もっと残酷で残虐な死を人々に与えた。なので、19世紀の拷問の衝撃力は20世紀の事実の前では褪せて見える。
1991年(Stuart Gordon監督イタリア映画)「ペンデュラム/悪魔のふりこ」

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鋸山奇談 1844.04 ・・・ 神経痛でモルヒネを常用している紳士がシャーロッツヴィル近郊の鋸山に登った時、幻覚に襲われた。インド風、イスラム風、イギリス風の人々のまじりあうなかで戦闘が行われていた。そこで死んだあと感覚が戻る。その話を聞いた医学博士(メスメリズムに催眠術を実行)は驚愕する。それは自分の知り合いのことだ。こういう心霊体験、前世体験は18世紀後半から流行していた(リンネやゲーテが興味を持っていた)。その反映かな。

眼鏡 1844.04 ・・・ 莫大な資産を受け継いだシンプソン君22歳。オペラハウスで美しい女性に一目ぼれして、友人の紹介で会うことになり、ますます魅了された。さっそく結婚を申し込んだところ、夫になる身であれば眼鏡を付けなさいと忠告を受ける。事実シンプソン君は近眼で、せっかちで、むこうみずなのであった。女性への愛情はポオにとってはきわめて重大で、人生をかけるものであった(「ペレニス」「モレラ」「リジイア」「楕円形の肖像」など)が、ここに至って笑いにすることができるようになった。中二病的な自意識がうせて、客観的になってきたのかな。めがねは古くからあるが、庶民にまで普及するようになったのはこの頃らしい。クラシックの作曲家であれば、眼鏡をかけた肖像を残しているのはシューベルト(1797-1828)あたりから。

軽気球夢譚 1844.04.13 ・・・ 軽気球を使って大西洋を75時間で横断したときの記録。実際には気球による大西洋横断は1世紀以上あと。飛行船による大陸横断も1920年代。そう考えると、この構想はほとんど月旅行並みの困難であった。

催眠術の啓示 1844.08 ・・・ 意識の不滅に確信を持てない男が催眠術にかかり「私」のインタビューに答える。催眠術にかかると、一種の至高体験になり、宇宙や存在と合一化するらしい。神は物質ではないが存在する。その無分子の物質が神であり、それは人間のもそなわり精神や思想として現れる。身体は存在を閉じ込める籠であり、意欲することがあらゆることを行う保証となる。苦痛を経験することが幸福。究極の生命より先の未発達の生命にむかう宇宙的な動きがある。こういう神秘主義は当時の流行りだったのだろうか。ここにまとめた考えはのちの文学の系譜を想起させる。宇宙的な動きはヘッケル「生命の不可思議」へ(ポオの時代は進化論はほとんど普及していない)、至高体験コリン・ウィルソンへ、苦痛こそが幸福はデイヴィッド・リンゼイアルクトゥールスへの旅」へ、無分子の物質は埴谷雄高の「死霊」(ことに虚体)へ。アンダーグラウンドの理科系の文学史

早まった埋葬 1844.08 ・・・ 全身硬直廠を持つ男は致死恐怖をもち、とくに早すぎた埋葬を怖れていた。専用の外部連絡装置のついた棺をつくるほど(小栗虫太郎「黒死館殺人事件」の降矢木算哲が同種のものを用意していた)。あるとき、それが起こる。これがショック療法になって、死の恐怖(裏返すと憧憬)の偏執から逃れることができた。前半には、死の判定後の蘇生や臨死体験がならぶ。ガルバニ電池が出てくるのは、蛙の筋肉が電気刺激で収縮弛緩する話がこれに関係するからだろう。生と死の境界があいまいになったので。なるほど「早すぎた埋葬」は創造上の恐怖であるが、20世紀の収容所は殺戮の道具にしてしまった。そのことを知ってしまうと、致死恐怖の衝撃力は20世紀の事実の前では褪せて見える


 3巻の解説は佐伯彰一。30代のポオの仕事では、編集者であることに注目。ジャーナリスティックな視点があることなど(たとえば「軽気球夢譚」がイベントと連動した作品らしいとか)。
 そうだろうと思うのは、20代のようなモノローグの作品が減って、自分以外のキャラクターの描写が行われ、対話が行われるようになり、他者の文章が挿入されるようになったこと。独我論を抜け出して、客観性を持つようになったのだ。読みやすくなった。その分、熱っぽさがなくなり、異様な迫力が消え、夢幻の広がりは狭くなった。また神秘主義が後退し、メスメリズムや催眠術などのニセ科学(当時は正統な科学と思われていた)が表にでてくる。力学が完成し、化学の発見が相次ぎ、医学が確立しだしたころで、都市の周辺にも精密機器や化学の工場ができ、新聞や雑誌が大量に印刷されるようになった時代だ。科学万能の考えは次第に浸透していって、ポオもその影響を受けてきたのだろう。