odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

法月綸太郎「キングを探せ」(講談社文庫)

 カラオケ店にイクル君、カネゴン、りさぴょん、夢の島の4人の男が集まる。彼らはそれぞれ殺意を抱いている相手がいるが、そのまま実行しては足がつく。でも、互いに交友関係もないなかで交換殺人をすれば、露見しないはずだ。それもふたりではなく、4人で行えばますます安全になる。そこで、4枚のカードを並べて、交差しないように選択する。それが決まった後、打ち合わせをして、雑踏に紛れる。もう二度と会うことはない。

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 というのがイントロ。このあと、探偵の側の物語が始まる。長年うつ病を患っている女性が絞殺されていた。彼女には保険金が変えられている。受取人の夫は前妻を事故で亡くしているが、さまざまな事情で保険金の全額は下りなかった。しばらくして、夫は銀行で振込に失敗し、銀行員の助けを振り切って自動車事故にあう。もっていたのは贋札。どうやらしばらく前に起きた偏屈な老人の絞殺事件の現場から持ち出されたものらしい。被害者の老人の係累は甥の若者。普段からネットカフェを転々とするなど、金に困っていた。その甥は失踪してしまう。探偵らは、ここでようやく交換殺人の可能性を検討する。容疑者は同じ柄のトランプカードを持っていて、絵柄と被害者のイニシャルを結び付けていると考える。さらに事件がおきて、カードはA(エース)、J(ジャック)、Q(クイーン)、K(キング)であると推測できた。まだ起きていない事件は、Kを被害者とするもの。しかしそれだけでは、被害者を予測できない。そこで探偵は偽の手紙を送って、揺さぶりをかける。交換殺人のグループはもちろん罠であるとみぬいて、警察にゆさぶりをかけようとする。警察と犯人の知恵比べ。いったいどちらの知恵が勝るか・・・
 作者のことだから、交換殺人ネタをそのまま使ったものではないだろう、冒頭で交換殺人を計画したグループが登場するが、彼らの犯行が露見する倒叙推理小説ではないだろうと気を付けていたが、もちろんすっかりはめられてしまった。章の冒頭で小説の引用がでてきて、そのなかに都筑道夫「紙の罠」がでてくる。なので、都筑センセーのようなしかけをかましているだろうと、眉に唾をつけながら読んだのに、こちらの思惑はすっかり外されてしまった。
 都筑道夫の名を出したように、この事件はリアルでは実現しないたぐいのもので、リアリティを持ちうるのは印刷された活字で読者に配布され、それを読むという行為においてだけ。なので活字には気を付けなければならない。そうすると、「さてみなさん(と探偵はいわないが)」のあとの謎解きを読んで、ページを遡って証拠や伏線を書いたところを確認すると、その通りに書かれている。しかし読者の思惑が外れるのは、作者の綴った活字によって思い込みが生まれているから。そういう仕掛けは都筑センセーの作品に多々あり、引用しなかった別の小説こそがこの小説にはふさわしいのであって、それに気づかない俺はぼんくらだったというわけだ。最後のページを読んだ後、タイトルを見返すと、それすらが仕掛けであることがわかり、愕然とする(いや、にんまりとする。ついでに、リンクのない犯罪を結びつけるのがトランプ・カードであるということでエラリー・クイーン「盤面の敵」(ハヤカワ文庫) を想起する。もちろんこの趣向にもずらしがあるわけ。さらにクリスティの有名作の仕掛けも含まれる。これは明かせないので秘密の日誌に書いておく)。
 今回、探偵はほとんど現場に行かない。関係者と話をすることがない。事件の情報はおやじの警視からの伝聞のみ。探偵と親父の会話シーンはほとんど退職刑事@都築道夫のそれ。都筑センセーの書かなかった退職刑事の長編版といった趣き。知的蕩尽@大岡昇平にふさわしいでき。

 


 2011年初出。平成不況でこの国に住む人の資産はどんどん少なくなり、2008年のリーマンショックはそれに追い打ちをかけたのだが、その不況と庶民の金のなさは小説にも反映。交換殺人の理由も世知辛いものばかり。「誰彼」「ふたたび赤い悪夢」の時代(1990年代前半)はまだ金を持っていたし、プロジェクトに金を出す余裕があったのに、と、小説とは関係なくため息をつく。
(参考: 宮部みゆき「小暮写真館」(講談社文庫)伊坂幸太郎「残り全部バケーション」(集英社文庫)川村元気「億男」(文春文庫) 、板倉俊之「蟻地獄」(新潮文庫))