両国の夜空に咲く花火に脱走囚の姿が浮かび上がった。それは目を奪う美貌と、目を背ける人面瘡を持つ少年。いにしえに遡る、少年の血塗られた秘密とは?仮面舞踏会、サーカス団、幽霊塔…絢爛たる名場面と共に甦る巨匠、戦前の代表作。
http://www.tokuma.jp/bunko/tokuma-bunko/591c5149866b
1936年11月から1937年01月にかけて「日の出」に連載された長編。
オープニングは上記のとおり。なぜ美少年が脱走囚になったかというと、彼の養父と思しき男が殺害され、現場にいた美少年白魚鱗次郎に嫌疑がかかったため。この少年はサーカス団の出身であるが、なぜそうなったかというと、実父が弟との間で悶着を起こし、両親ともに亡くなったため。なぜ兄弟間に悶着が起きたかというと、父親はある女性と恋仲になっていたが、世間が結婚を許さず(事件からさかのぼると1900年ころになる)、それぞれ別の人と結婚してしまう。自分らが夫婦になれないのなら、子供を夫婦にしようと約束し、それぞれに男の子と女の子が生まれた。そこに父親の弟が現れ、恋仲の女性(そのころは人妻)に横恋慕し、ついに殺害してしまう。そのために、女の子は声を失い、鱗次郎もどこかに放逐された。
という具合に、順次、過去の情念が暴かれ、複雑な恋愛模様が明らかになっていく。ここらへんの人間関係は、作者30代の昭和10年代の作品に多い。とはいえ「鬼火」「蔵の中」のような暗い情念をゆっくりと追う作品にはならなかった。オープニングで当時の大イベント両国の花火大会で幕を開けると、不具者ばかりの長屋、バンド付きのダンスホール、レコード会社、都内の鬱蒼とした大邸宅、幽霊塔と呼ばれる廃墟と化した時計塔、などなど舞台は目まぐるしく変わる。
そこに、鱗次郎に琴絵、芹沢大蔵に圭介、不具者ばかりの悪の組織、妖艶な歌手、サーカス団団長などの個性的なキャラクターが次々と登場し、彼らはいずれも鱗次郎を追いかける。彼の出自に加え、人面瘡と観音絵図に謎があるらしい。そこには昔の財宝のありかが隠されているらしいことも次第に判明してくる。主人公は鱗次郎とするのがよいのだろうが、彼は人面瘡というスティグマを持っているものの、周囲から攻撃を受けるばかりの受動的な人物。となると、ストーリーを進めるのは謎の財宝奪取に執念をかけた芹沢大蔵か。異相の持ち主で、さまざまな演技のできる複雑そうな人物ではあるものの、枚数の少ない雑誌連載とあっては、彼の妄執の深みが凄みに達するまでにはいかない。
探偵役は由利麟太郎先生に三津木俊助記者。モダンな職業と外見くらいが目に立つくらいで、無個性に等しい。しかもこの事件では鱗次郎の後を追いかけることのほかの活躍はしていない。どこに原因があるかというと、ユーモアとか人間性の弱さかな。行動的で明晰な理性を持っているだけでは、共感を持つまでに至らない。また彼らが活躍するのが都会であって、都会の怪しさや闇の前では、健全な仕事を持っている彼らが色あせるのも無理はなかろう。登場人物がギャングであれば、これは1950年代東宝や日活のアクション映画にあってもおかしくないストーリーだ(岡本喜八「暗黒街の弾痕」「顔役暁に死す」あたり)。あるいはずっと古くて、「ジゴマ」のような探偵と怪盗のおいかけっことか。
小説作品だから多少は多めに見るべきだと思うが、不具者の扱いは気に入らないなあ。外見の不具合がそのまま内面に現れるという見解はよろしくない。まあ江戸川乱歩の通俗長編にもその種のキャラクターはでてくるものの、「夜光虫」ほどの嫌悪感を催させはしなかった(と思う)。
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