odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

坂口安吾「能面の秘密」(角川文庫)

 坂口安吾の探偵小説集。創元推理文庫都筑道夫の解説によると、全集の4分の1が探偵小説というくらいに作家はこのジャンルに入れ込んだ。ここでは角川文庫に収録された短編に、日本探偵小説集(創元推理文庫)に乗っているものを加えた(不連続殺人事件と明治開化安吾捕物帖 は別エントリーにあるので除外)。並びは文庫の収録順ではなく、発表順にした。
(今回の再読のテキストは青空文庫のものを使用。青空キンドルをつかうと、文字が大きいPDFをつくれるので、老年にはありがたい。)


風博士 1931.06 ・・・ 熱血漢・風博士は仇敵・蛸博士を亡き者にするために忍び込み、鬘をうばったのだが、風博士の奸計は成就せず。遺書を残して死去したのだが、真実は別にあった。雄弁会の壮士風文章(明治後半から大正にかけて流行)でつづった幻想譚。

アンゴウ 1948.05 ・・・ 復員した出版社勤めの男の家族は空襲にあって、妻は失明、二人の子供は行方不明(たぶん死亡)だった。闇市で、知り合いの戦死した男の珍しい本を入手した。そこには女手の手紙が暗号で書かれていて、自分の妻の筆跡だった。男は未亡人を訪れて、そこに自分の本を見つける。疑惑が募る中で発見した真実。

投手殺人事件 1950.04 ・・・ プロ野球の球団が15に増えて選手不足。そのためスカウトは大忙しの時代。新人ピッチャーが新人映画女優と恋仲に。あいにく新人女優には映画会社の社長がいて、投手に手切れ金300万円(現在価値だとこの10倍以上か?)を要求している。そこで、東西のスカウトが投手と女優の仲を取り持とうとする。映画会社社長が動いたその日に、スカウトも動き、投手が殺されてしまった。さて、犯人はだれでしょうかと作家は見栄を切る。なんとも古風な探偵小説。登場人物全員が煙草に関係した名前(岩矢天狗に居古井に煙山に一服に。たぶん大鹿や暁もそう)なのが可笑しい。映画女優を妾にするのは永田雅一あたりをモデルにしているか。

南京虫殺人事件 1953.04 ・・・ 南京虫は女性用の腕時計を意味する隠語。巡査が歩いていると、女性と男性の怒鳴り声。入ってみると、何でもないと懸命に打ち消す。気になって娘(婦警)と尾行すると、大きな屋敷で巻かれてしまった。でも女性の持ち物の腕時計が屋敷に落ちていて、その女性は殺され、どうやら麻薬と腕時計の密輸と密売をしているらしい。なんとも古風な探偵小説。この年には海外貿易も再開されていたようだ。

選挙殺人事件 1953.06 ・・・ ある地方選挙で小金をもった電気商が勝つ見込みのない選挙に立候補した。当選するつもりもない立候補者に聞くと要領を得ないし、演説場所も奇妙な場所ばかりで、花見までしてしまう。愛読書は北村透谷、芥川龍之介太宰治をあげ、「ああ無常」を口にする彼はなんで立候補したのでしょう。独立短編では唯一のモダン・ディテクティブ・ストーリー。このころの立候補はそれほど高い壁ではなかったのだね。(岡本喜八ああ爆弾」1964年を参考に)

正午の殺人 1953.08 ・・・ 売れない作家が流行作家を訪問すると、唐手の練習中。そこに美人編集者がやってきたので、体よく追い出された。そらから正午のドン(空砲の音)が聞こえた。数時間後、戻ると新聞記者に囲まれる。いない間に流行作家の射殺体が発見された。正午には生きていたから、嫌疑は美人編集者と書生と女中にあつまる。売れない作家は巨勢博士@不連続殺人事件の知恵を借りる。なんとも古風な探偵小説。

影のない犯人 1953.09 ・・・ 戦後、凋落した剣術家、日本画家、医者が居候している資産家の別宅で愚痴っている。一丁、温泉旅館であててみようか。夢をかなえるどころか、明日にも追い出されそうなときに。資産家には若い奥さんに、前妻の息子がいる。あれこれ言っている間に、資産家はコロッと死んでしまった。医者が薬を盛ったのか、逐電した奥さんが出がけの駄賃にやったのか。それとも…。ミステリーの形式を借りて、戦後の斜陽族とアプレゲールを描く。

心霊殺人事件 1954.10 ・・・ 地方の金貸しが心霊術に凝りだし、ビルマで戦死した息子が生きていると言い出した。他の息子・娘を納得させるために高名な霊媒師を呼んで、降霊術を行うことになった。息子たちは親が無用な金を使うのがしゃくにさわり、オカルトのデバンキングもする奇術師も同席させる。その前日、巨大な荷物が届き、霊媒師ひとりきりでセッティングする。降霊術は真っ暗な中で行われ、ふたたび明かりがついたとき、金貸しは殺されていた。闇の中でどうやったのでしょう? なんとも古風な探偵小説。

能面の秘密 1955.02 ・・・ ある旅館の女将がゆすられているらしい。その翌日に、旅館で火事があり、だれかの男の死体がでてきた。警察は火事として追及しなかったが、新聞記者はそうではないと追いかけた。旅館の主人が能面を集めているとか、出入りの小僧が日本語とは思えない言葉を聞いたとか、証拠は主に耳から。なんとも古風な探偵小説。


 あまり一生懸命読んだわけではないが、作家の探偵小説評論を読むと、批評する目は新しかった。同時代の横溝正史作品への批評は今でも有効な内容をもっている。でも、自分が書くとなると、50年前くらい前の20世紀初頭に流行った探偵小説のフォーマットの中に納まる。こうして読んだものの大半が古ぼけた形式を踏襲したもの。純文学を書いている人が低俗な探偵小説(この用語には江戸川乱歩ほかの「エログロ」小説も含まれることに注意)をかくということで珍重したもの。でも、21世紀にはあらためて読み直すほどのものではない。探偵小説趣味とは別のところで、「アンゴウ」の一編は読み継いでいいと思うが。
 なお、日本探偵小説名作集(創元推理文庫)の解説は都筑道夫(不思議な組み合わせ。評者ならば久生十蘭がふさわしそうだが)が書いている。それによると、安吾のモダン・ディテクティブ・ストーリーは「安吾捕物帳」で発揮されたという。
 なお、都筑道夫は昭和20年代の日本の探偵小説はディクスン・カーの悪影響下(殺人方法や現場の異様さにこだわり、合理的・論理的な解決やストーリーを無視しがちで、誇張されたキャラクターばかりが登場、など)にあったと考える。そこからモダンな作風に転換できたのは、横溝(とくに「獄門島」)と安吾だという。そのうえで、

「日本の推理小説が、不自然なトリック小説に低迷しがちだった昭和二十年代に、これだけの軌跡をえがいた作家がいたことを、若い読者たちだけでなく、二十年代に逆行しかけている作家たちにも、この一冊で、読みとっていただきたい。(都筑道夫@日本探偵小説集(創元推理文庫)1985.8.1」

と現代(1980年代)の若い作家にくぎを刺している。あいにく、この釘や苦言は若い作家にはなかなか伝わっていないようだ。

<追記>2019年3月に河出文庫坂口安吾の短編探偵小説集が出た。たぶん上記の短編の大半が読めると思う。