広告面の女1933 ・・・ 輪郭だけ描いた顔の広告がでた。翌日は目、その翌日は眉、という具合に次第に女の顔ができあがっていく。最後には尋ね人の広告になった。平凡なサラリーマンが隣室の奇妙な男に興味を持ち、男は広告の女のデスマスクを作っているのを知る。そしてアパートの隣家の貴族の館に、広告の女が監禁されているのを発見。ある雨の夜、その女が刺されているのを発見する。平凡なサラリーマンの一生一度の冒険譚。
悪魔の家1933 ・・・ 新聞記者三津木俊助が自分のあとを付ける女に気がつく。夜道を歩いていると、その女が「悪魔」と叫び声をあげた。おびえ方が奇妙なので彼女の家を訪れると、そこには蒲田という男に知恵遅れの女の子にセムシの青年。その数日後に、蒲田を恐喝する片田なる男が訪れた。その夜、家で悪魔の姿が浮かび上がり、蒲田氏は殺され、片田が行方不明になる。三津木俊助の見出した愛憎の結末。
一週間1933 ・・・ 傾きかけた新聞社のデスクに「特ダネは創作するもんだ」と叱られて、新聞記者はふてくされている。なじみの無頼漢にあったら「俺は元女優に心中を持ちかけられている」と話されて、偽装心中を計画した。期待通りに記事は大ヒットしたが、女優も無頼漢も殺されてしまった。このままでは自分に容疑がかかる、と記者はあたふたする。H.スレッサーやF.ブラウンが書いたらもっとスマートになりそう。
薔薇王1934 ・・・ 子爵の息子と成金の娘が結婚することになったが、式の直前に花婿は失踪した。いあわせたおきゃんな(死語)女流作家が花婿=詐欺師と出会う。気になった女流作家は詐欺師を見つけようとし、成金の娘も独自に捜索を開始した。ストーリーの骨格だけだとなんだかなあという話だが、ここに女流作家の思い込みとか、成金の娘のわがままとか、清貧な暮らしをする詐欺師の妹などが出てきて、面白い冒険小説・少女小説になっている。作中に「赤紙がきた」「作家が戦線に派遣される」など時局の話題が出てくるのが興味深い。
黒衣の人1934 ・・・ 蓼科で有名女優を殺した男を兄にもつ女性・由紀子に真犯人を教えるという「黒衣の人」を名乗った手紙が届いた。手紙のとおりに深夜、女優の邸宅(今は廃墟)に赴くと、そこで見たのは、由紀子が居候する家の息子。そして女優の妹の殺害死体。由利先生と三津木記者の冒険譚。意外な犯人にこだわった一編。
嵐の道化師1934 ・・・ サーカスの花形・環は青年・辰也と心中するつもりだった。辰也の父は環の父の財産を横領し他という過去があり、それぞれの父はこの恋愛に反対していたのだった。そして環の父は辰也の父を殺害することを予告していた。嵐の降りしきる中、辰也の愛犬が彼らを自宅に案内し、そこに辰也の父の殺害死体を発見する。そして道化師の格好をした男が死体を運びだそうとしていた。由利先生と三津木記者の探偵譚。それより愛犬クロのほうがめだってしまった。江戸川乱歩「踊る一寸法師」と読み比べられよ。
湖畔1935 ・・・ 肺病で療養中の「私」は、湖畔で奇妙な老人とであう。日によって愛想が変わり、服の趣味も異なるのだった。ある日、近くの銀行に強盗が入る。行員の見た犯人はこの老人であったが、かれは公園で死亡していた。それから一年たち、「私」は奇妙な老人と再会する。
昭和13-15年にかけての短編をまとめたもの。当時作者は30代の前半で、「新青年」の編集長をやめ、作家専業になったばかり。1934年には肺結核で長期療養し(そのときの状況は小栗虫太郎「白蟻」(現代教養文庫)の解説に書かれている)、スタイルを「鬼火」「真珠郎」のように変えるので、ここに収録されているのはデビュー以来のモダンな都会小説の延長にある。
400字詰め原稿用紙で50枚くらいの長さに、たくさんの登場人物を配置し、複雑な人間関係を描く。そこに怪奇趣味や変態趣味なぞのバッドテイストをちりばめる。こういう作風なので、探偵やパズルの厳密さは後退している。多少の無理や非現実的なプロットやトリックをつかっても、読む楽しみを持たせよう、そんな書き方かしら。でも、ここに描かれる都会は乱歩とか小酒井不木などと比較すると、無個性かな。
最後の「湖畔」になると、書き方がガラッと変わる。「私」の心象が丹念に綴られ(ここの描写は同じ肺病でサナトリウムの療養体験のある堀辰雄や福永武彦と比較できるかもしれない)、事件もゆっくりと進む。というか事件のけれんみが消えて、しごくあっさりとしたものになった。「私」は探偵役をつとめるわけでもなく、事態を冷静にながめる眼に徹している。登場人物には過去の因縁や愛憎があるのは同じだが、その因業の深さに同情をもってじっくりと描写するようになった。時間をかけて、丁寧にかかれた文章に変化したのがはっきりとわかる。のちに「鬼火」「真珠郎」を書くときには一日に3-4枚しか進まなかったというエピソードがあるが、これもそうだろう。以前の作品が勢いに乗って書き飛ばし、多少つじつまがあわなくてもかまわない、それより読者を語りに乗せることが重要という姿勢でかかれていたのとは異なる場所にいったのだった。
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