odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

横溝正史「仮面劇場」(角川文庫)

 すべての長編を読み込んでいるわけではないし、全部読もうとする気力はないのだが、いろいろ読み継いで見ると、戦前の作品のほうが横溝らしさが横溢しているのではないかとおもうようになってきた。どこらへんに横溝らしさをみるかというと、(1)モダンな都会の描写。乱歩の描く都市は場末の奇怪なお逢魔が淵の世界だし、その他の作家だと工場化された管理都市。横溝だともっと雑駁でしゃれた都会で、映画などでみる当時に近い。(2)どろどろした人間関係。農村その他の過剰人口のはけ口であったり、出世をめざして挫折したエリートのたまり場で会ったりと、都会の住民は根無し草ではあっても、そこにはまだまだ「家」の桎梏があり、道ならぬ恋、その障害が生む怨念というのは都会に残っているのであった。こういう世界は戦前の都会と戦後の一時期の農村にしかなかった、というのが横溝の認識なのではないかしら。本人が江戸末期から明治初年ころの草紙を読んで多大な影響を受けているというのだから、上記のような特長も草紙の世界を20世紀に復活させる試みであったのだろう。戦後10年もして、占領ではなくなり、高度経済成長が始まったとき、作者の描きたい世界はもはやこの国にはなかったのだろう。昭和30年代の横溝には投げやり感とか「俺にはあわねえよな、でも書かなきゃ」という苦悩とかがあって、長編を読むのは心苦しいところがある。それが戦前作品だと、水を得た河童(死語)のような達筆さと充溢があって、読む楽しみはこちらのほうが大きい。もちろん横溝的な世界に住むのはいやなことなのだが、横溝的世界が懐かしいと思える。裏返せばこの21世紀が味気なく乾いた世界だからだろう。
 この文庫に収められたのは結核療養以後の本格よりの探偵小説。そうはいっても美少年に人形、レコード歌手といった横溝の好きなギミックがたくさんある興味深い作品。「キング」は講談社の雑誌で、一時は百万部もでた大衆雑誌。「新青年」は「キング」に喧嘩を売りたかったが、インディペンデントでは優れたタレント(この場合は作家)を確保できなかった。「新青年」の編集長を務めた作家ですら、「新青年」のみに忠誠を誓うことはできず、「キング」に新作を発表するのだから。まるでECWに圧力を加えてつぶしたWWEみたいだな。

仮面劇場 ・・・ 昭和13年「サンデー毎日」連載。小豆島近辺で観光船に乗っている美しい未亡人・綾子は海上にガラスの箱をつんだ船を発見する。そこに盲聾唖の三受苦をもつ美少年が乗っていた。癲癇もちではあるがその美貌に引かれた綾子は身元引受人になり、自宅に連れ帰る。途中よった大坂天神祭りの河渡穏(かわとぎょ)で、レコード歌手・甲野由美を乗せた船とすれ違う。由美は美少年・虹之助を見て愕然とする。どうやらこの二人は知り合いらしい。その後、東京に戻ると綾子と由美は同じ邸宅で暮らすことになる。綾子と由美は親戚関係にあるのだった。彼女らの父母の恋愛および家庭の混乱は、すみません自分の頭にうまく入りませんでした。例によって、恋愛関係にある恋人も1900年初年代のころには親ないし家の意向に逆らって結婚することはできず、結婚したあと、子供の生まれる期間の短さに夫が猜疑を抱き、妻を折檻したり、生まれた子供をよそへやるなどいろいろあった。その結果が、呪われた子供と狂気の父母が生き残り、虹之助その他に関係しているらしい。つまるところ、虹之助の伯母、由美の友達、由美の兄などが殺害される。その現場には虹之助がいるが盲聾唖では証言をとることもできない。
 登場するのは由利先生に三ツ木記者。最初の小豆島観光のときから、事件を目の当たりにして、この美少年に興味を抱いたらしい。この先生、警官時代はなかなか優秀だったと聞くが、本職の私立探偵になるとどうも洞察力も推理力も乏しいと見える。行動力の旺盛なところは金田一探偵もみならうべきだが、犯行を予測しても間に合うことがない。さらに、この呪われた一族のもっとも呪われた狂気の娘が登場し、すぐさま姿を消すとともに、被害者がでて、次は綾子か由美が危ないと知れる。さて、この危機をいかに乗り切るか。2年前にかかれた「夜光虫」を思わせる美少年をめぐる奇談。死んだ当主の妄執が事件を起こしたとはいえ、これを拡大したのは、都市の猥雑さと闇の深さだな。由利先生と三ツ木記者は自動車にのって東京市内を走り回ることになる。

猫と蝋人形 ・・・ 昭和11年8月「キング」。とある若妻のところに蝋人形が流れ着いた。その胸にはある記号が書いてあり、短剣も刺さっていた。年の離れた夫とうまくいかない若妻は殺人予告ではないかと恐れる。妹に依頼された三ツ木記者はさっそく捜査を開始すると、今度は夫の刺殺体が流れてきた。隅田川を舞台に、いくつかの橋と支流が事件に関係する。なるほど数年前に自分が編集長時代にてがけた乱歩御大「陰獣」の焼き直しだな。情念の深さと主人公の苦悩で乱歩の勝ち。

白蝋少年 ・・・ 昭和13年4月「キング」。一週間前に死んだ16,7歳の美少年の死体が盗まれ、発見されたとき傍らには服毒した若い醜女の死体もあった。彼らは、美少年をないがしろにする兄とその妻を恨んでいたのであった。死体を前にして、いろいろと動かした周囲の人たちの騒動。結果、一言もしゃべらない年若の美少年の心のすさみ具合がクローズアップされる。